朱川湊人「都市伝説セピア」

mike-cat2005-06-25



花まんま」がかなり気に入ったので、また読んでみる。
収録の「フクロウ男」が、オール讀物新人賞を獲っているらしい。
そいつは知らなんだ。
けっこう話題作だったのだろうな…、
でも当時はこのジャンル読まなかったしな…、
とどうでもいいことをうじうじ考えながら、本を開く。黙って読めよ。


裏表紙部分のオビに「一番怖いのは人間の心だ」とある。
5編からなる短編集。
氷漬けの河童に魅せられた青年、
何度となく親友の死に見舞われる少年、
自ら都市伝説を作り出し、それに取り憑かれる男、
若くして逝った美貌の画学生に惹かれる女たち、
悔悟と罪悪感に駆られ、電車の窓から幻影を見る男。
主人公はいずれも、こころの奥に闇を抱えた人間たちだ。
設定そのものも怖いが、主人公たちの心の闇も負けないほど怖い。
ふむふむ、巧いこと書くもんだな、と感心するばかりだ。


2編めの「昨日公園」が、なかなか印象深い。
交通事故で死んだ親友。その親友と最後に会った公園。
哀しみにうちひしがれて、公園に向かうと、時間が逆戻りする。
そこにいるのは、事故の前の親友。
事故を避けさせるべく、親友を導く少年だったが…
まあありふれている、といえばそこまでのSF的設定だ。
だが、そのありふれた話を、とても切なく、哀しく描き上げている。
その絶妙のセンスに、ちょっとしたスパイスとして加えるオリジナルな要素もある。
何ともいえない奇妙な感覚と、切なさに浸れる一編だ。


「フクロウ男」は都市伝説を創り上げていく過程が詳細に語られる。
けっこう現実にありそうな部分もあって、空恐ろしさがつのる。
フクロウ男となったオトコの、少年のころの描写が秀逸だ。
むさぼるように江戸川乱歩の著作を読みふけった〝僕〟。
〝今から思えば少年の日の僕は、絶えず異界への扉を探していたような気がする。
 見飽きた町の通りが、ふとしたはずみに今までと違ったものになる一瞬を、
 いつも心待ちにしていたんだ。乱歩の作品や都市伝説は、
 そういう異界に誘ってくれる格好のテキストだったというわけさ〟
でも、いつまで経っても異界には足を踏み入れられないから、行動に出る。
そして、越えてはいけない一線を越えた時、
ついに〝僕〟は異界の住人となってしまうのだ。
ううむ、怖いな。最後のオチはいまいち気に入らないが、なるほど傑作だ。


「死者恋」は、自殺した画学生「公彦さん」に恋い焦がれ、
「公彦さんコレクター」となっていくしのぶが、ひたすら気持ち悪い。
まあ、現実の世界にも、究極のプレスリー・コレクターとして、
リサ・マリー・プレスリーと結婚した(もう離婚したと思うが…)
ニコラス・ケイジのようなヒトもいるしなあ…、とけっこう感慨深い。
これもオチはちょいと気に入らないが、
「公彦さん」に魅せられた女たちの執念が、とっても怖い、と感じる一編。


「月の石」は、
人間の心が生み出す恐怖、そして幻影を、哀切たっぷりに描く。
大阪万博の頃に送った少年時代の、母の思い出。
母の幻影を見る時、主人公の胸に甦る、ざらりとした感覚が切ない。
ちょっと居たたまれないレベルでもあるんだが、これがまた巧い。
これもまたオチはともかく、強烈な印象を残す作品といえる。


こうして書き出してみると、オチの甘さ、というか、
締めにムリがある感じは否めないんだが、そこまでの描写はやっぱり絶妙だ。
なるほど、「花まんま」でさらにグイッと突き抜ける前の、
産みの苦しみ、というか、傑作への布石的なものも感じる。
と書くと、完全な後出しジャンケン。すんません。
まあ、そんなこんなで、これもまた楽しめた一冊。
さよならの空」「白い部屋で月の歌を (角川ホラー文庫)」も、読んでみようかな、っと。
版元が角川書店ってのが微妙に引っ掛かるんだけどね。