P・G・ウッドハウス「ジーヴズの事件簿 (P・G・ウッドハウス選集 1)」

mike-cat2005-06-19



国書刊行会の出してた「比類なきジーヴス (ウッドハウス・コレクション)」が「どうも気になるなぁ」と、
思っていたところに、文藝春秋版が出て、思い悩む。どっちがいいの?
書店店頭にて逡巡を繰り返した挙げ句、解説を読んで判断する。
で、解説を読んでの判断。
サザエさんを例に挙げるなら、
どうも国書刊行会のは、英国版の〝よりぬきサザエさん〟っぽいノリ。
エピソードひとつひとつの質的には分がありそうだけど、
どちらかというと、もともとのウッドハウス・ファンや〝ジーヴズ〟ファン向きか。
対して、文藝春秋の方は、
日本オリジナルの〝要約版サザエさん〟かな。そんなのないけど…
時系列に沿って、重要なエピソードを入門編っぽくまとめている、という感じか。
当然、僕はウッドハウス初心者なので、文藝春秋版に決めたのだった。


まあ、そこまで悩み抜いた成果といっていいのか、
比較的とっつきにくそうな古典もの(といっていいのか、疑問だが)が、
非常にすんなりと読めた気がする。
もちろん、訳がいいこともあるだろうけど、
もともとわかりやすい舞台設定が、よりわかりやすく提供された、
非常に読者のことを考えているというか、
日本のウッドハウス・ファンを増やしたいとの意志が伝わってくる一冊だ。
といっても、英国では知らない人はいない、とか言い切っても大丈夫なくらいの存在らしいが。


お話自体は、とてもクラシックなドタバタ喜劇だ。
人は滅法いいけど、ちょいとアホな貴族ウースター家のボンボン、バーティと、
その優れた従僕ジーヴズが、次々と押し寄せるトラブルを切り抜けていくお話だ。
ほかのおもな登場人物は、
強烈なキャラクターでバーティを圧倒するアガサ叔母と、
女性と見るややたらと惚れ込み、真実の愛に目覚める親友ビンゴ。
この本でのエピソードのほとんどが、
アガサ叔母の持ち込んできた縁談からどう逃げ出すか、の話か、
ビンゴが惚れた女性との間を取り持つお話の2種類か、もしくはそのミックスだ。
たとえは悪いけど「吉本新喜劇」のような、お約束の世界を、軽妙なタッチで描いている。


お約束、とは書いたけど、
いまの時代になって初めて読む人間にとっては、お約束〟でも、
書かれた当時(1920年代)を思えば、話は全然違ってくるはずだ。
何しろ、間抜けな主人と、賢い従僕。
あの時代の大英帝国、といわれて明確に「こうだ!」といえるほどの教養がないので、
あくまで想像だが、けっこう斬新なんじゃないだろうか。
で、この主従関係、微妙に従が強いのも魅力的だ。
のび太ドラえもん(あれは主従じゃないが)じゃないけど、
このバーティとジーヴズがしょっちゅう微妙な仲違いをする。
そんな時、ジーヴズはちょびっと意地悪。
このジーヴズのキャラクターにも、何ともいえない味わいがある。


その仲違いの原因というのが、バーティの尊大な態度、ではないのもいい。
バーティの服装のセンスなのだ。
ある時はふじ色の靴下、ある時はレジメンタルのスパッツ…
ほかのことではジーヴズに頼りっきりなバーティが、
この妙ちくりんなセンスに関しては、けっこうな意地を張る。
ジーヴズもジーヴズで、これだけは譲らない。
ここらへんの、〝粋〟を尊ぶ貴族社会っぽさも、なかなかいい。
なるほど、いまとなっては〝お約束〟のストーリーでも、
新鮮さをまったく失っていないのは、こうした独特の風味にある。


読んでいて、笑いが止まらない、という感覚の面白さは、ない。
くすり、くすり…、と頬をほろばせるような、
適度な毒があって、適度にマイルドなその味わい。
だんだんとくせになっていきそうな、名調子というのか。
国書刊行会版のオビに〝これであなたもウッドハウス中毒?〟とかあったが、
これまたなるほど、うむうむと頷ける。
また読んでみたくなる、楽しい本だった。


あとは余談。
そういえば、序文にスティーヴン・フライによる、推薦の言葉が紹介されている。
最近だと「ゴスフォード・パーク」のヘンな警部役、
個人的には「ピーターズ・フレンズ」でのピーター役が印象的なイギリスの名優だ。
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=63104
より詳しいのはこちら↓
http://us.imdb.com/name/nm0000410/
イギリスのTVシリーズでは、この人がジーヴズを演じたらしい。
僕のイメージだと、どちらかといえば…の気もするが。
どうしても、イギリス人で従僕というと、
日の名残り」でのアンソニー・ホプキンスのイメージを払拭できない。
だから、ホプキンスの顔を思い浮かべながら、読んでしまった。
しかし、フライのジーヴズっていうのも、考えてみればなかなか面白い。
TVシリーズのDVDとかあったら、
こちらもちょいと観てみたいな、と思ってみたのだった。