黒川博行「迅雷 (文春文庫)」

mike-cat2005-06-18



国境 (講談社文庫)」以来、ちょっとクセになってる作家。
しかし「国境」以上の作品には、なかなかお逢いできない。
この作品も、まずまず面白かったけど、夢中になるような作品でもない。
そうそう傑作ばかり書けないとも思うが、やや不満も残る。


オビは最高にそそる。
「極道は身代金取るには最高の獲物やで
 ヤクザと、ヤクザを誘拐した三人組が追いつ、追われつ−」。
これだけでストーリーもわかるし、ワクワクしてくる。


でも、テンポのいい化かし合い&チェイスが展開されるか、
というと、これがそうでもない。
テンポの方は、どうにも乗ってこないし、
化かし合いの方も、種明かしのタイミングがあざとく、爽快感なし。
チェイスもそんなにスピード感がないから、だれる。
あとは、登場人物のキャラクターで読ませれば、というトコだが、
この三人組も、ヤクザの方も、どうにも魅力を感じないから、
どうにも感情移入していけない。


ヤクザを誘拐、という発想は面白いと思う。
「何で、そんなとんでもないことを?」。誰もが思う。
誘拐犯のひとり、稲垣が理由をこう語る。
「堅気が極道をさらうやて、どこの誰が考える。絶対に足はつかへんで」
「うちの幹部が堅気に身代金とられました、見つけしだい命(たま)とってください…
 そんな恥さらしな廻状がまわると思うか」
当然、警察にだって通報はしないのだ。当然、それこそ赤っ恥というモノだから。
メンツを大事にする、というか、メンツを潰されたら稼ぎのネタがなくなる、
ヤクザの特性を知り尽くした言い草でもある。
まあ、それでも普通はしないが…


で、発想はいいんだが、当然、世の中はそう甘くない。
事態はこれまた当然のように、混迷の一途をたどる。
で、いうのがこれだ。
「やっぱりヤクザは一筋縄ではいかん」
「遵法精神たらいうものがないからな」
誘拐犯のくせにこの言い草だ。
しゃらしゃらとまあ、よくもこういうことをほざいてみせる。


これだけ豪気な犯人なのだから、その豪気さに、
もうひと味加えれば面白くなるのに、基本はクズ人間だ。
グッとこころに伝わってくるような場面があまりに少なすぎる。
前述のセリフ、読んでる最中にポストイットをつけてたのだが、
同じトコを解説でも取り上げていた。
確かに、これはいいセリフでもあるのかもしれないが、
それだけ、ほかに取り上げるトコがない証明でもあるように思える。


それでも、黒川博行の筆力がものをいっているのだろう、
そこそこ読める作品になってしまっているのが、これまた複雑な印象だ。
発想もよくて、書き手もうまいのに、何で?と思う
自分で書いているわけでもないくせに、何なんだが、
つくづく、小説というモノの難しさ、というのを感じたのだった。