町田康「浄土」

mike-cat2005-06-15



気になりつつ、読みにくそうで、手を出したことがない作家。
書評などを見ると、どうも「告白」ぐらいから、
一気にはじける気配を見せてるし、読んでみることにした。


スーパーナチュラルな要素の入った、純文学というか、ヘンなお話。
小説版「つげ義春」独特の文体バージョン、という感じか。
舞城王太郎ほど、偽悪的(もちろん、そこまで計算しているのは承知)じゃないし、
絶妙な文章の崩しといい、適当に俗っぽい書き回しといい、なかなか好み。
川上弘美藤野千夜、とまではいかないが、
オリジナリティがありながら、読みやすさも兼ね備えている、その上楽しい作品だ。


7編による短編集。
冒頭の「犬死」から、グイッとくる。
売れない作家である主人公の身の回りに、不運ばかりが続く。
そんなある日、編集者の豚田笑子(この作品、こういうヘンな名前が多い)に、
予言者のジョワンナ先生を紹介される。
こういう〝超越的・空想的な話に対して非情に興味・感心がある〟けど、
〝自分はオンナコドモでなく、士大夫である。ますらおである。という顔をしていたい〟
という導入から、ジョワンナ先生に会わないと、気が気じゃない状態、
そして、ジョワンナ先生の〝予言所〟にたどり着くまでの雑多な街の様子などが、
ヘンな主人公による一人称で、克明に、詳細に、ねちっこく語られていく。


この街が、つげ義春の「ねじ式」に出てきそうなヘンな街なのだが、
その街で迷走だか瞑想だか、よくわからない妄想にふける主人公がおかしい。
〝私はそんな虚無と迷妄の府でただひとり、目的がはっきりしている人間だ。
 私はジョワンナ先生のところに行ってすべての迷妄を断ち切る。
 このよらよらの意志薄弱の群集の中でわたしは唯一だ。
 私だけが意志を持った正しい人なのだ〟
この、独善的で、矛盾だらけの孤立感が、強烈な印象を残す。


「どぶさらえ」も、やたらとこころに食い込んでくる一編だ。
書き出しがすごい。
〝先ほどから、「ビバ! カッパ!」という文言が気に入って、
 家の中をぐるぐる歩き回りながら「ビバ! カッパ」「ビバ! カッパ!」と叫んでいる〟
「何じゃ、こりゃ?」そのものなんだが、この主人公に言わせると、
文章には明確なビジョンがあるんだそうだ。
カッパ礼讃とも思える文言が実は、
自暴自棄な心理状態、そして孤独で追いつめられた状況に由来し、
〝つまり、カッパでもいいじゃないか。
 というか一歩進んで俺は積極的に河童であろう。
 俺はいまひりひりと河童だ。俺は河童という屈辱的な存在なんだ。〟
となって、「ビバ! カッパ!」と叫んでいる次第なのだ。
疎外感を描いた作品ではあるのだが、
どこか乾いた、切ない笑いがこらえきれない。ううううむ、味わい深い。


「あぱぱ踊り」は、
根拠もなく、自分の凄さを確信、妄信しているオトコに出会ってしまったお話。
舞台がまずヘンだ。ある往来。だが、普通の往来じゃない。
旺文社文庫夏目漱石の書籍を読んで教養を高めていたような男や髪の毛を緑に染め、
 五十過ぎたら和服で生活したいと嘯いて新人歌手に説教をしているディレクターや
 蜜柑を持ったおばさんが通り過ぎていく汚い場末の往来。〟だ。
そんなところで、「俺は凄い凄い」を連発する男に出会う。


その凄さがまた、信じられないほどの根拠レスだ。
どう凄いかを尋ねると、「普通に凄いだけですけど」。
具体的な例を挙げると、
「それはもう俺が凄いってことを認めていない、っていう前提のうえでの質問ってことでしょ」
例えるならもう、
サッカーができない中田英寿、野球ができないイチロー落合博満と話しているようなものだ。
ファンの人、ごめんなさい。
でも、あの人たちの傲慢さ(競技以外の部分)って、
実力という根拠がなかったら、ただの勘違いさんかな、と。そういう意味で。


それはともかく、そんな鬱陶しいオトコとの鬱陶しい時間を、これまた濃厚に描く。
正直、けっこう不快感もあって、ダメージも受けるんだが、めっぽう面白い。
最後の決めのセリフも、非常にガツンとくる。というか、すごくおかしい。
絶妙ともいえる、トボけた味わいなので、こちらもお楽しみに。


「本音街」はけっこうベタなコメディ小説といっていい。
みんなが素直に本音を語る街、「本音街」では、
誰もが本音で語るから、たとえば飲食店では、こんな会話が展開する。
カウンターに座ることを勧められて断り、理由を説明する。
「隣の客が食い散らかした皿やグラスをぐんぐんこっちに押してくるからです。
 私はそういうのが気になる性質なのです」
すると、混んできたらカウンターに移る、という条件で小上がりに行ってくれ、という。
「なぜですか」
「銭を儲けたいからです」。


たとえば、エレベーターでいい女と出くわした。
〝「あなたと交際したい」と言うのか、或はことによると、
 ここは本音街、ずばり「あなたとセックスしたい」と言うのかと
 ふるふるしていたら女は言った。
 「いまエレベーターのなかで屁をこいたので臭いですよ」
 私は本音街のこういうところが好きだ〟
ホントか? それはあんまり嬉しくないぞ? などと笑いながら読む。


中野区北口付近に出没した怪獣「ギャオス」の物語になると、
さらにボルテージは上がる。もう、完全にバカ小説の世界。
何かの寓話かも、という意識で読んでも、何も寓意はにじみでない。
でも、あまりにばからしさに、思わず笑ってしまう短編だ。


読み終えて、率直に「何だ、早く読めばよかった…」と思う。
この作品が町田康の作品中、どのくらいの位置にランクされるのか、
そこらへんはまったく知らないが、ちょっとこれから読み込んでみたい作家だ。
ああ、また本屋に行きたくなってきた…