森絵都「いつかパラソルの下で」

mike-cat2005-05-02



やられた…。傑作、大傑作だ。
現時点で、ことしのナンバーワン候補を宣言したい。
何しろ「永遠の出口」(これも傑作)の森絵都だから、
かなり期待値は高かったんだが、もう完璧すぎるほどに応えてくれた。


オビには「裏切られた気がした。でも、本当は私が先に裏切ったのだ」。
「永遠の出口」の甘酸っぱく、切なく、の感じかな…、と思わせる。
確かに、そのテイストは物語全体を貫くんだが、
いい感じに乾いたところもあれば、笑わせるところもふんだんにある。
そして、とにかく読ませる、ときめかせる。
もし、気になるフレーズ、とか情景描写のすべてにポストイットを付けていったら、
本の厚さは、1・5倍くらいになってしまうかもしれない。
もう、それこそオビにしたくなるような文章が、
250ページ足らずの本の中に、ぎっしりと詰め込まれてる。
それを考えると、このオビ、編集者のセンスにやや疑問。
いや、マーケティングとかの問題もあるのでしょうが…


冒頭で意表を突かれる。いきなり主人公・野々の濡れ場。
さらに、コトを終えると、野々のふくらはぎには噛み跡。
えっ? ふくらはぎっていうことはえっと…、どんな体位で?
そのナゾはその後おいおい明らかになるのだが、
コトを終えた後の、物憂げな雰囲気の中、携帯が鳴る。
父の一周忌に向けた、兄弟の会合の打ち合わせだ。
そう、「魂萌え!」に続き、父(夫)の死をきっかけに、
隠された秘密が明るみに出て、家族(妻)が変わっていくお話。
父(夫)が、まさかの不倫をしていた、というとこも同じだ。


この父が、くせ者だったりする。
性的な事柄について、異常なほどに潔癖なのだ。
そして暴君さながらに、兄・春日に野々、妹・花たちを管理する。
小学校の電話連絡網でも、オトコからの電話は許さない。
早過ぎる門限なんか当たり前、部活だってもちろん却下。
それどころか、持ち物でも気にくわなければ〝没収ボックス〟行きだ。
押入で没収ボックスを見つけた野々が、当時を振り返る。
「この下敷きなんて小学一、二年の頃かな、すごく気に入ってたのに、
 ほら、この絵の女の子がマニキュアしてるでしょ、
 子供のくせにけしからんってお父さんに没収されたの。
 この靴下は紫のリボンが不良っぽいから、
 このお弁当包みはいちごのプリントが下品だからって、没収。
 りんごとメロンはセーフだけど、いちごやレモンはアウトとか、
 いろいろよくわからない基準があったっけ。懐かしいなあ」


ここまでくるとかえって妄想狂の偏執狂じゃないか、とも思うのだが、
父本人にしてみたら、厳格であったつもりらしい。
当然、子供たちは反発する。それも徹底的に。
自立するまでは従え、と経済力にものをいわせた父の下を、
兄と野々は、成人とともに去っていく。ほぼ絶縁状態の形で。
そんな父の不倫が発覚するのだ。
理不尽さに、子供たちの動揺は大きかった。


だが、衝撃はそれだけにとどまらない。
父の部下だったヤハギヨリコと会った野々が聞いた言葉は
「すごかったんです。とても五十代の男性とは思えないくらい、絶倫、だったんです」
宇能鴻一郎の官能小説みたいな告白をするヨリコさんもなかなかだが、内容もすごい。
〝私はそれ以降、絶倫絶倫絶倫絶倫と、頭の中はもうそれだけ〟になる。
そして、父の語った悩みが、野々たちをさらに惑わす。
「俺には暗い血が流れている」。
これまでの自分たちの人生を支配してきた父の、意外な側面。
父の真実を、そして新しい自分探しのため、野々たちの旅が始まる。


と書くと、けっこうシリアスっぽいけど、物語には常に飄々とした雰囲気が漂う。
父が上京後、関係を断ち切っていた故郷は、佐渡だったりするし、
野々たちが佐渡に行った時に行われる祭りは〝イカイカ祭り〟だったり…
ともすれば、説教句くさくもなりそうな骨組みを、
念入りに組み立てられたプロットと、乾いたユーモアで、
一級品のエンタテイメントにも仕上げている。


いろいろ書いてしまえば書いてしまうほど、
読む楽しみが減っていってしまうので、いろんな場面が紹介できないのがくやしいくらいだ。
陳腐な言い方だが、
笑って、泣いて、じーんときて、ちょっと切なかったりもして、そして最後にくすり…。
読み終えると、ちょっとした放心状態だ。余韻を味わいたくて、しかたがない。
できることなら、書店に行って、
そこにいる人に手当たり次第に売りつけ、そして有無を言わさず読ませまくりたい。
それだけやっても、最後は感謝されるはず。(いや、ホントにやったらまずいけど…)
こうやって長々とレビューを書いても、
その面白さの1%も伝えられていないのが、また口惜しい…。
ああ、とにかくいろいろな人に読んで欲しい。そんな強烈な想いがよぎる、至福の一冊だった。