東野圭吾「黒笑小説」

mike-cat2005-04-28



黒い笑い。文字通り、ブラックユーモア短編集だ。
しかし、つくづく幅広いジャンルの小説を書く作家だな、と感心する。
僕的には「秘密 (文春文庫)」「白夜行 (集英社文庫)」みたいな読み応えのある長編エンタテイメントが、
一番のストライクゾーンに当たるんだが、こういう軽妙なのも好き。
超・殺人事件―推理作家の苦悩 (新潮文庫)」「名探偵の掟」なんかが、一番近い感じか。
もちろん「探偵ガリレオ」「予知夢」みたいなのも面白いし、
「手紙」「殺人の門」「さまよう刃」みたいな意欲作も悪くないが、
これはエンタテイメントとして読めないので、ちょっと微妙でもある。


とりとめのないこと書いてもしかたないんで「黒笑小説」だ。
前述の「超・殺人事件―推理作家の苦悩 (新潮文庫)」と、同じテイストの短編が数編。
「もう一つの助走」「過去の人」「選考会」などは、
〝灸英社〟を舞台に、文学賞をめぐる、さもありなん、な連作短編だ。
またも、文壇事情を徹底的におちょくって見せる。
この作家は、つくづくこういうのがお好きなのだろう。
もちろん笑えるんだが、「大丈夫?」と心配にもなってしまう。


しかし、この短編集。文壇パロディだけではない。
むしろ、かつての筒井康隆を思わせるような、
ひねりのあるブラック・ユーモアがたてつづけに繰り出される。
まずは「巨乳妄想症候群」。
何でも巨乳に見える、というアホな奇病をテーマにした短編だ。
最初はオヤジのハゲ頭までおっぱいに見える、
まことに困った病気だが、その後病状が改善する。
どんな貧乳の女性でも、巨乳に見えてしまうようになるのだ。
町を歩く女性がみーんな、ゆっさゆっさ♪
お好きな方には、まことにうらやましい病気かもしれない。
もちろん、それだけでは小説にならないので、あるカラクリは存在するのだが…
ちなみに、僕は巨乳派ではないので、軽く笑い飛ばせたけど、
身に染みるジレンマとか感じる人も、世の中にはいるのかも知れない。


「インポグラ」は、育毛剤研究から間違って生み出された〝逆バイアグラ
その活用法をめぐって、広告代理店勤務の〝おれ〟のもとに相談が寄せられる。
これもまた、アホなお話をよくもまあ、という笑える短編。
パッと聞くと、そんなもの役に立つかい!! 
という薬の、意外な使用方法に、納得半分、あきれ半分の笑いが浮かぶ。


「みえすぎ」では、一種の超能力を扱う。
粒子のレベルまでなぜか見えてしまうオトコの悲喜劇だ。
くしゃみから〝唾液と痰の粒子〟だの、消臭剤から発生する〝極彩色の粒子〟だの
そして、あのスギ花粉なんてのも、見えてしまうとどうなるか…
昔、においのするものとかは、その粒子が飛び散っている、と何かの本で読んで、
ゾワーッとしたもんだが、それをそのまんま地でいっている小説だ。
食事中に読むのは、とてもじゃないけどお勧めできない。


「モテモテ・スプレー」は、MHCといわれる恋愛遺伝子が題材。
正確には〝主要組織適合遺伝子複合体〟だそうだ。
自分と異なるタイプの免疫力を持つ異性を、本能的に求める、という特性を生かし、
ターゲットとする女性に有効なMHCを、人工的に作る。
でも、当然薬だから効き目は短い。
彼女のこころが離れだしたら〝シューッ〟とする。
これまたアホな薬開発の顚末も、これまた笑えるんで乞うご期待だ。


ほかにも、
突然別れを告げてきた彼女から、なぜか〝ストーカーになること〟を強制される「ストーカー入門」
テレビ番組のキャラクターグッズをめぐる、脅迫的なメディアミックス戦略を「臨界家族」と、
毒のある短編がもりだくさんに詰まってる。
あんまりにも手軽に読めるんで、微妙に〝文庫でもいいかな〟感はあるけど、
読まないでいるのも何となく落ち着かないあたり、さすが東野圭吾?かも。
もちろん、お好きな方には、ぜひ、だ。
満足感は、かなりのレベルで保証できる、間違いのない一冊だ。