瀬尾まいこ「優しい音楽」

mike-cat2005-04-27



サイン本買ってしまった。
いや、たまたま書店に並んでたのがサイン本だったので。
こういう、自分に向けてサインしてもらったのではない、サイン本って、
実際のところ、どういう意味があるのかな? と疑問も覚える。
まあ、作者の書いた字が見られるのは、興味は覚えるんだが…
ちなみに、瀬尾まいこさんの字は、とっても実直な印象。
いかにも、学校の先生っぽい感じ、というのは後知恵だけど。


今回も、これまで同様〝癒やし〟と〝赦し〟を感じさせる短編集。
マイベストの「図書館の神様」「天国はまだ遠く」と比べ、
多少インパクトとコクに欠けるような感じはあるが、
読んでいてふわーっとしたいい心地にしてくれる、
この作者ならではの味わいはよく出ていると思う。
ちまたにあふれる、安直な癒やし系作品とは、ちょいと違う。


表題作「優しい音楽」は、ちょっとミステリー仕立て。
〝僕〟の恋人・千波が抱える秘密が、話のポイントとなる。
この千波ちゃん、出会いからしてがナゾだ。
ある朝の混んだ駅の構内のことだ。
〝僕〟は見知らぬ女の子に、突然声をかけられる。
〝電車を待つたくさんの人をかき分け、僕の方へ迷わずまっすぐ歩いてきた。
 僕の真ん前で立ち止まると、まぶしそうに僕の顔を見上げた。
 透けるような肌をして、目も唇もみずみずしてくて、少し寂しげな顔をしていたが、
 とてもきれいな女の子だ。髪をきちんと一つに束ねて、白いシャツがよく似合っていた。〟


物語の中で〝僕〟も話しているが、ふつう単なるキャッチセールスとしか思わない。
だが、オトコなら思わず憧れてしまうようなシチュエーションであることも確かだ。
女のコが、「白馬に乗った王子様が、突然現れる」という安直な夢に浸るのと、
まったく同じ心理構造じゃないかな、とも思う。
だからこそ、このテのキャッチセールスがすたれない、というのも頷けるのだが。
声をかけてくる感じも、またなかなかそそる。
「わたしは鈴木千波です」。
まるで、突然の告白みたい。理由を問うと、
「あの、あまりにも… その、びっくりして。 その、とにかく…」
ううん、このモジモジした感じ。オトコは一発で落ちる(もしくは、騙される)。


物語ではその後、千波の側からの一人称の語りも交えながら、
千波の秘密が明かされていくのだが、
そこでの〝僕〟の対応もなかなか味わい深い。
その〝扱い〟に対して、そう出るのか、というのは、
実際のシチュエーションではかなり難しいものになると思う。
だが、そこでの〝僕〟の優しさは、思わぬ形で千波を、そして千波の家族を癒やしていく。
さほど凝った仕掛けがなされているわけではないが、
読み終えると、清々しい感触がこころに残る、佳作だな、と思う。


「タイムラグ」も、描かれる微妙な人間関係にもかかわらず、
それ以上に気持ちのよさが光る作品だ。
付き合ってちょうど二年になる私=深雪の恋人、
平太は、へらへらしているけど、思いやりはあり、優しい男だ。
だけど、平太には奥さんと八歳になる娘がいる。
この平太をどう判断するか、がかなり微妙ではある。
お互い承知の不倫はともかく、この平太はどうにも小ずるい。
深雪との付き合いは、お互い〝フリーの立場〟で始まったが、
〝もう別れられなくなった頃に、平太は結婚していることを私に告げ、
 もう離れられなくなった頃に、子どもがいることを告げた。〟


僕は個人的に、こういうオトコの〝優しさ〟は信じない。
どんな人間でも、状況によって〝自分〟を使い分けることはある。
だが、ここまで都合のいい使い分けをする人間の優しさって、
あくまで〝自己愛の追求への一環〟としてのものじゃないか、と思ってしまう。
結婚は神聖だとか、真実の愛はひとつだけ、とか青臭いことをいうつもりはないが、
嘘ついて恋愛する人間は、僕にはやっぱり信用できない。
でも、まあ小説の中の深雪は、そんな平太にも寛大だし、
その寛大さに対して、僕が文句をいうような問題ではない。
もともと瀬尾まいこ自体、「図書館の神様」でもそうだったように、
不倫オトコに寛大なようなので、よしとしたい。
もちろん、その寛大さを悪いオトコに利用されないでね、と思うのだが…


で、小説に戻る。
平太は奥さんとの旅行のために、何と娘の佐菜ちゃんを深雪に預ける。
つくづく、ひどいオトコだ。で、預かってしまう深雪もとことんお人よしだけど。
ただ、その佐菜ちゃんとのぎこちない交流がいい。
お互い、戸惑いは隠せないけど、平太という人間のだらしなさを赦し合ってる、
という共有事項がふたりを何となく結び付けてしまう。
で、うち解けたふたりは、佐菜ちゃんのたっての希望で、
奥さんとの結婚を許していない平太の父のもとに出向くのだ。
これまた、なかなか特異なシチュエーション。
だけど、深雪の優しさと、優柔不断さは、
こんな状況でも存分に〝発揮〟されてしまったりする。


奥さん、実は耳が聞こえない。
で、どうもそれが、佐菜の祖父が結婚に反対する理由だという。
「少しでもいい人と結婚して欲しいと思うだろう」
「親なら少しでもいい人と結婚してほしいと思うのが当たり前だ」
「耳は聞こえないより聞こえた方がいい」
「世の中には何万と女がいるんだ。わざわざうちの平太が、
 耳の聞こえない女と結婚することはない」
こんなふざけた言葉を口にし、
もう結婚もして、孫まで産んだ息子の嫁を〝女〟と呼び捨てる爺さん相手に、
深雪の怒りが爆発する。
人間として当たり前ではあるのだが、このシチュエーションでは微妙でもある。
だが、自分の置かれた状況をすべて忘れ、奥さんを擁護するのだ。
もちろん、さまざまな問題は内包しているとは思うのだが、
これまた読み終えると、爽快感が残る、いい短編だった。


最後は「がらくた効果」。
玄関まで迎えにきた恋人(一緒に暮らしてる。妻、でもいい)が、
いきなり「拾ってきちゃった」と告白したら、何を想像するだろう。
まあ、順当なら犬か猫。ひねって小鳥のひなかハムスター?
もしくは、捨ててあったような、何らかの大きな家具、とか?
この小説は、もちろんそう甘くない。
恋人、はな子がが拾ってきたのは、何とリストラされ、
妻にも身ぐるみ剥がされて捨てられた大学教授、佐々木さんだ。
いまは公園で、段ボールの家に住んでいる。
俗にいう、公共の土地を不当占拠している、不快なひとびとの初心者だ。


これを「寒そうだから」のひと言で、
拾ってきてしまうはな子のキャラクターがなかなか味わい深い。
〝はな子はかなり大雑把だ。
 支障がなければ、どんなことでも受け容れてしまう。
 俺が突然上司や同僚を連れてきても平気だし、
 隣のうるさい子どもだって簡単に預かってしまう。
 そういう懐の広さは魅力だけど、一緒に生活していると参ることの方が多い〟
そう、自分の〝懐の広さ〟が問われるんだから、これはきつい。
みんなを幸せにする人が、
一番身近な人を犠牲にしてるケースは往々にあるし、けっこう考えものだ。


ただ、小説では、教養人の人格者、佐々木さんの魅力もあって、
多少行き詰まっていたふたりの生活に、いい変化が現れる。
ふたりが、そして佐々木さんが変化していく過程が、
これまた読んでいて、とても気持ちがいい。
「ふつう、そうはいかないだろ」というのが、実際のところだが、
そこはあくまでも、おとぎ話、なんで、そんなに気にならない。
そして迎える、希望に満ちあふれた結末。ああ、読後感もたまらない。


というわけで、やや淡いけど、最初に述べた通り、
いかにも〝瀬尾まいこ〟印の3編。
軽く読めるし、うまさも存分に感じられる。
注目作家ならでは、の勢いも感じさせる。
お勧めの一冊として、(勝手に)胸を張りたくなる一冊だった。