荻原浩「誘拐ラプソディー (双葉文庫)」

mike-cat2005-04-20



何をやってもうまくいかない落ちこぼれ配管工、伊達秀吉。
すべてに行き詰まり、自殺をするつもりが、
ひょんなきっかけ(おお、古くさい表現)から、
暴力団組長の息子・伝助を誘拐してしまう。
暴力団に警察、そして中国マフィアも巻き込んでの逃避行の中で、
秀吉と伝助の奇妙な友情が芽生えていく−。


いかにものストーリーだが、展開はとにかく軽快。とても読みやすい。
零細広告代理店の奮闘を軽妙なタッチで描いた快作
「オロロ畑でつかまえて」「なかよし小鳩組」の作者の、
いかにもこの作者らしい、〝誘拐コメディ〟だ。
「ねじの回転」「オルタード・カーボン」で疲労気味の僕の頭にはぴったりだった。


しかし、この続きは「だけど…」となる。
荻原浩らしい軽快なタッチと、ペーソスは確かに感じられるんだが、
それが、少々というレベルでなく、〝薄い〟作品でもあるのだ。
読んでいて、あんまり気持ちが入っていかない。
序盤で感じた「ふうん…」という微妙な違和感が、
最後の最後まで続いたままで、物語は終わりを告げる。
ページをめくる手は確かに止まらないんだが、
それは夢中で読んでいる、というより、
軽く単なる流して読んでいる感覚なのだ。


たぶん、主人公のキャラクターの魅力がないことにも起因していると思う。
自堕落な性格、衝動的な行動、善悪の区別の甘い人間性
伊達秀吉の不幸な生い立ちがとかが添えられていて、
そうなったのも仕方ない…、みたいなトーンを感じるんだが、
これがあんまり功を奏してない。
アクシデントとはいえ、安直に子供を誘拐するような人間を
肯定するには、かなりもの足りなく感じられるのだ。
それこそ序盤では一応、こどもへの殺意もあったりする。
あとからいくらこころの交流を実現したとしても、
誘拐殺人をしかけたオトコに感情移入するのは、かなりの難問だ。
最初の自殺未遂も、いかにも甘えた人間の行動で、
おもしろおかしく描いてあっても、何だか見苦しい。
第一、自殺前の最後の曲に矢沢永吉を選ぶようなオトコじゃ…、


というわけで、あまり乗り切れずに読み終わったので、
特別な感想はなし。
むしろ、気になったのはこの命題。
「人生最後に聴きたい曲は何か」だ。
もちろん、シチュエーションの違いで、
あらゆるバリエーションがあるのは承知の上だから、
あくまで小説と同じ、世をはかなんでの自殺、にしてみる。
いや、そういうシチュエーションには恵まれる? ことはないかと思うが。



暗い気分を増幅させるような曲を聴くのだろうか、
それとも最後の思い出に美しい曲を聴くんだろうか?
そうして考えると、なかなか難しい命題だったりする。
一番好きな曲、といったって、なかなか決めかねるんだから。
そうこう考えて出た結論が、アバの「ダンシング・クイーン」。
ベタ過ぎる? そうは思ったのだけど、
いままで一番感動した音楽が、シドニー五輪の閉会式で聴いた、
カイリー・ミノーグのカバーによる「ダンシング・クイーン」だから。
何だか、決意が鈍りそうな気もするんだが、それはそれでいいし、
決意が変わらなくても、最後の曲としては悪くない、と思う。


そう考えると、矢沢永吉を選んだ主人公の気持ちは、どんなだったのか…
けっこう感慨深かったりもする。
無人島に持っていく一冊の本」もそうだけど、
つくづくこういうことを考え始めると、面白いモノだな、と、
本のことをすっかり忘れて考え込んだりするのだった。