栗田有起「オテルモル」

mike-cat2005-04-09



お縫い子テルミー」「ハミザベス」が印象的だった作者の最新作。
これまでもいい感じの小説を出してきてたけど、
この「オテル モル」はちょっと突き抜けた感じだ。
独特の感覚が、より研ぎ澄まされて、より洗練されてきた印象を受けた。
現在のところの、最高傑作といっていいと思う。


そのホテルの名は「オテル・ド・モル・ドルモン・ビアン」。
訳すと、ぐっすりもぐらホテル、という感じらしい。
ビル街の真ん中、ビルのすき間をくぐり抜けてたどり着くそのホテルは、
地下一階から、十三階までの99室からなる。
一見さんはおことわりの、会員制。
会員になるためには、面談を受けなければならず、
身分詐称、チェックアウト時間の厳守など、
規則を守れない場合は、退会を余儀なくされる。
チェックインは日没後、チェックアウトは日の出まで。
宿泊料金はサービス料込みの8400円。


このホテルが提供するのは、ここちよい眠り。
オーナー兼客室係の外山さん(48歳の未亡人、美女)いわく
〝お客さまに提供したいもの、それは最高の眠り。
 そこからみちびかれる最良の夢です。
 わたくしたちがいま本当に求めていて、
 手に入れるのがひどく難しいものたちです〟
だから、会員になるための面談では、
良質の眠りをどれだけ切実に求めているか、が問われることになる。


主人公の希里は、そんな〝オテル〟のフロント係に採用された。
オーナー外山さんが、希里を採用した決め手は、
〝業界でいうところの誘眠顔。
 お客さまはその顔で今夜もぐっする眠れるだろうという暗示にかかる〟からだ。
この誘眠顔、ちなみに〝死に顔〟だそうだ。
眠りは死のバリエーションのひとつだから、とは外山さんの弁。
眠たい顔、と眠りを誘う顔、というのが微妙かもしれないが。
というわけで、小説はでオテル・ド・モルでの奇妙な日常と、
こころの病に陥った双子の妹、沙衣と希里との関係が描かれる。
オテルとの出会いが、沙衣と希里を変えていく様子が、
読む人を優しい気持ちにしていく。


いや、読んでいるだけでぜひ入会したくなるホテルだ。
ここまで眠り信仰みたいなレベルで徹底するのはムリかもしれないが、
徹底的に眠りに特化したホテル、というのは現実でも可能じゃないか、と。
もちろん、眠り心地のいいホテル、ってのはたくさんあるのだが、
いいホテルって、ただ眠るだけではもったいないぐらい、
いろいろ楽しいこともあるし、やっぱり貧乏性の僕なんか、
お風呂とか、食事とか、と欲張っているうちに睡眠時間は…、ということも。
しかし、眠る以外なにもないホテルなら、面白い。
ひたすら眠る、という快感を味わってみたいものだ。


もっとも、オテル・ド・モルは、日の出前チェックアウトとか、
かなり微妙な条件もあったりして、惰眠は許してくれそうにない。
あくまで、真摯な眠り。ぐっすり眠りたい、切実な願いがそこにはる。
ここらへん、簡単に、お手軽に眠れる僕あたりでは、
入会すら許してもらえそうにないな、とも思う。
ただ、お試しで泊まった希里が、
深い眠りとともに見た、子供時代の夢の話を読むと、
つくづくうらやましくもあり、やはりぜひ一度、と思ってしまう。


ところで、ストーリーには直接関係ないが、
ビルの合間のすき間に入り込んでいく、という設定はけっこうお気に入り。
小説の中では、
すき間に入り込んだサラリーマンを描いたコメディの記憶が紹介される。
そして、もし挟まったまま身動きが取れなくなったら…
という恐怖に、身をつまされるのだ。
これ、つげ義春のマンガでも、
穴の中にはまっていく人の話があったような気がするが、
想像すると、ホント息が詰まるぐらい恐ろしい。
そんなところを通り抜けてまで入っていくホテルって…
そう思うとまた、違う感じに面白く感じられて、感慨深かったのだった。


わずか180ページ。会話文も多い、短い小説だが、
じっくりゆっくりと読みたい、味わいにあふれた作品だ。
オテル・ド・モルの様子を想像し、眠りについて想いをめぐらせる。
読み終えると何だか、いい感じの瞑想を終えた感覚。
僕の今夜の眠りも、良質の睡眠にできるだろうか。
こころして、眠ってみることにしたい。


ちなみに、この小説。frannyさんのブログでも、紹介されてる。
こちらもぜひ、ご一読を♪
http://d.hatena.ne.jp/franny_cotw/20050321#p1