松尾由美「雨恋」

mike-cat2005-03-22



本の雑誌」など各書評で評判を呼んでいる新作だ。
本の雑誌の書評には滅法弱い僕だから、
即買いの即読み、それも一気読みだ。仕事いつしてるんだ→自分。


マンションに住む叔母の留守を預かることになった〝ぼく〟は、
叔母の飼うネコたちの世話を押しつけられるとともに、
その部屋に住む〝何か〟とも出会う。
それは、その部屋で〝自殺した、とされている若い女性の幽霊〟千波。
自殺じゃない、という〝本人〟の証言に基づき、
〝ぼく〟は調査を始める、というのが話のあらましだ。


この松尾由美という作家は、僕にとってお初。
こね回し系のミステリー作家、というイメージがあって、ちょっと敬遠していた。
こね回し系、って書くと、誤解を呼びかねないが、
まあ、本格ミステリーの類は、ぼくにとってはこんなイメージなのだ。
謎解きに凝る。凝りに凝る。
だから、そこまでドラマ性にはこだわらないし、
話はミステリー通をうならせるべく、複雑に絡み合う。
謎解きをさせるためにこそ、物語は存在するから、
自然と感情面とかのドラマ部分には齟齬が〝出やすい〟…
あ、あくまで〝出やすい〟と〝僕が思ってるだけ〟。
批判のつもりでも何でもないので、誤解なきよう。
だって、その謎解きにこだわることこそ味わいで、
僕はその味わいに、頭脳的にも(これがほとんどなんだが…)
感性的にもついていけない、というだけなんで…。


ああ、話がよじれた。
とりあえず、そういう〝本格〟な作家だと思ってたので、
読んでいなかったんだが、どうも今回書評をちゃんと読むと、
どうも違うらしい、とわかったので読んでみた次第。
やっと、ここまでたどり着いた。寄り道しすぎ、だね。


で、読んでみてどうだったか、をようやく書いてみる。
ドラマ性と謎解きが、バランスよく配分された作品を書くんだな、
と素直に感心した。
ゴースト・ラブストーリーとか、幽霊と一緒に謎解き、みたいな設定は、
過去にも数多く使われた題材だと思うけど、
それをとても斬新な感じで描いているんじゃないかと思う。


特に、初めは姿の見えない千波が、
次第に〝普通の幽霊〟になっていく、というのが斬新だ。
妖怪人間ベム」の〝早く人間になりたい!!〟とは、
ちょっと違うのだ。って、また脱線する。ちょっと書きたかったの…
ひざ下だけ、下半身だけ、そしてクビなし状態へ…
こう書くとグロテスクにしか感じられないが、
これを小説ではとてもロマンチックに、
しかしなかなかの生々しさも加えつつ、描いていく。
そりゃ、若い男ならそうも思うだろね、と、
ちょっとほほ笑ましい?部分もあったりする。
このあたり、ホントに絶妙だ。


かといって、謎解きもおろそかにしない。
序盤でばらまかれた謎の数々が、
過度に技巧に走るでもなく、次第に解き明かされていく。
まあ、上級のミステリーファンにはもの足りないかもしれないが、
僕レベルのミステリー好きには、とても心地いい。
とにかく、次のページが早くめくりたくてしかたないのだ。


で、物語は進んでいって、オビにある「ラスト2ページの感動」を迎える。
言っとくと、その看板に偽りなし、だ。
まあ、正確には2ページとちょびっとなんで、100%じゃないが…
そういうことは書かなくていい、と思っても書いてしまう、
僕の間抜けな性格については、これまた置いておく。
そう、大事なのはその2ページちょいの、何ともいえない感触だ。
ここにくると、もうページをめくりたくない。
めくるページももちろんないんだが、終わらせるのがもったいない。
余韻に浸りたいので、最後の2ページちょいを繰り返し読む。


ああ、たまらない。
純愛、とかいう言葉を安っぽく使いたくないけど、
すごくキューンときてしまうくらい、淡くって切ない、恋が描かれる。
いい歳してても、また泣いちゃうんだ、これが。
未読の方のため、もしくは3年後とかに内容を忘れて再読する自分のために、
そのラストの模様は当然書かないんだが、
その時の主人公の切ない気持ちってのが、
痛いくらいにジンジンと響いてくる。


で、そのラストで素晴らしい〝助演〟をするのが、
ある意味、物語に彩りを添えているネコたちだ。
いや、単にネコ好きの僕だからって、
ネコが出ただけでほめているわけではない。
うまいこと、ネコの特性を設定に活かし、
そして最大限にドラマを演出しているのだ。


ネコの特性? 当然役立たずなトコだ。それはもちろん〝長所〟ね。
ちょこちょことその特性は書かれているんだが、
ネコ好きには思わず「そう、そう」と手を叩きたくなる描写ばかりだ。
たとえば、おばの家の留守を預かることになった〝ぼく〟が、
おばの飼う仔猫2匹と同居を始めるんだが、どうにもネコの態度が大きい。
〝こちらを対等、あるいはそれ以下の存在と見なしているらしい。
 ぼくが居候だからなのか、
 それとも猫と人間というのはそもそもそういう関係なのか〟。
どうも、そういう関係らしい、ですよ。
うちのネコたちも、僕のことは下僕としか思ってません。
ハラが減ると〝ギャギャギャ〟と鳴いてメシを催促する。
〝ニャーン〟とこびることすらしませんぜ。


そんな連中だから、こちらの都合には一切構うことはない。
だから、〝ぼく〟はぼやく。
千波との関係がギクシャクしだした時こそ、ネコにいて欲しいのに
〝微妙な緊張がぼくたちのあいだに流れ、
 それをやわらげてくれるはずの猫たちは、
 一番必要な時に限って眠っている〟
そうそう、映画のいい時とかにトイレでくっさいのするクセに、
こっちがヒマな時には、眠ってる。ひたすら眠ってるのだ。


しかし、そんなネコたちが、ラストでは〝やる〟のだ。
素晴らしい。うちのネコたちもかくあって欲しい。
まあ、こういうシチュエーションになりたいか、といえば、
なりたくはないな、というのも正直なところだが。
まあ、そんなわけで、ネコたちの活躍ぶりもお楽しみに。


と、ネコのとこで冷静さを失い、
何だかよくわからない感じになってしまったが、
この本はとにかくいいのだ。
読んで、読んで!という感じ。
松尾由美は「スパイク (光文社文庫)」も自宅に待機中。
こう書くと〝自宅待機〟っぽいけど、もちろん違う。
次に読みたいリストの上位10位以内にいるということ。
新しく〝好きな作家さん〟候補を発見するのは、
本当に気持ちのいいことだ。
けど、これがまた微妙。早く読みたい。でも、ほかにも読みたいのが…
いつも通りのジレンマが、気持ちを揺さぶるのだった。