奥泉光「グランド・ミステリー〈上〉 (角川文庫)」「グランド・ミステリー〈下〉 (角川文庫)」

mike-cat2005-03-21



1998年の「このミステリーがすごい」国内7位。
以前から読もうかな、と思いつつ、長らく積ん読だった作品だ。
文庫の背表紙には
〝戦争小説、ミステリー、恋愛小説、そして…
 日本が生んだ、ジャンルミックス小説の大傑作〟とある。
もう、ある程度評価の決まった本だとは思うのだが、そんなもんだろか?
少なくとも、僕的にはあまりのることができなかった。
ごちゃごちゃしすぎて、未整理な感じがしたのは、僕の読解力のせい?


物語の時代は太平洋戦争の開戦時だ。
真珠湾攻撃に参加した潜水艦、伊二四潜で起こった金庫盗難事件と、
空母蒼龍で起こった、爆撃機搭乗員の謎の服毒死事件。
謎を解くべく立ち上がった伊二四潜の先任将校、加多瀬大尉だが、
謎は次の謎を呼び込み、加多瀬は迷宮に引きずり込まれていく。


というのが、基本的なあらすじ、なんだが、
さまざまな怪しい人間が登場で、その謎の迷宮はちょっとした渋滞に陥るのだ。
だって、未来をあらかじめ体験した〝予言者〟が現れたり、
戦争当時の狂騒状態に巻き込まれていく市井の人々が描かれたり、
軍を巻き込んだ巨大な陰謀が隠されていたり、で、
なるほど〝グランド・ミステリー〟なんだが、あまりにも要素が多すぎて、
小説の中盤では、すでにどうにもならなくない事態に陥ってくる。
少なくとも、僕はもう途中で、最初のふたつの謎とか、どうでもいい感じ。
というか、この話がどこに向かうか、よくわからない状態になっていた。


特にきっついのが、戦争論というか、
戦争のバカバカしさみたいなのを小説内の人物が語るシーン。
いいたいことはわかるんだが、これを延々とやられると、物語も何もあったもんじゃない。
そりゃ、福井晴敏だって「亡国のイージス」でも「終戦のローレライ」でも、
熱く語ってはいるが、コンパクトにまとめていたし、
やや思想的な偏りを感じさせつつも、それなりに斬新だった。
しかし、この作品での戦争論とかは、
もうどこかで読んだような、議論しつくされたレベルのものに過ぎない。
それを冗長に論じられると、もうストーリーはまったく転がらなくなる。


SF的な要素を入れておきながら、
それを中途半端な描写にとどめているのも、物語に混乱を招く一因だ。
タイム・パラドックスとか、一切無視するのも構わないんだが、
設定を都合よく使うでもなし、そこに中心をおくでもなし。
「それで、いったい何がしたかったの?」と言いたくなる。
恋愛要素にしたって、
加多瀬と同期だった蒼龍の搭乗員、榊原の未亡人との恋のゆくえだとか、
加多瀬の妹の範子を中心とした、〝銃後の世界〟での話とかも、
これまた中途半端な描写のまま、エンディングに向かう。


これでも、何か柱となる部分があって、
ほかの要素も「もう少していねいに描いてあれば…」とかならまだいい。
この小説、柱となるミステリーも特別面白いわけでもないし、
どこかに盛り上がりがあるわけでもない。カタルシスが皆無なのだ。


なるほど、読ませると言えば読ませる小説ではある。
文庫の上下巻1000ページ弱を、さほど時間をかけずに読み終えた。
だけど、何か印象に残っているか、と訊かれたら、「むむむ…」でしかない。
キャラクター造型もそこまで魅力的とはいえず、
加多瀬にしても、範子にしても、すごく応援したいとも思わない。
加多瀬に関しては、
もっと軍内部の矛盾との対決が焦点になるべきだし、
範子に関していえば、
戦争に踊らされる周囲、そして特高との対決をクローズアップしてれば、
もっともっと、感情移入できるんじゃないかと思う。
かと思うと、たいしたことないキャラクターの描写に、
必要以上にこだわってみたりして、これまた物語の興味をそいでみたり。


読み終わってみると、徒労感がつのる。
ひさしぶりに「何だかなぁ…」と、思った本だった。
けっこう楽しみにしてただけに、その感はよけいに強い。
もちろん、あくまで僕にとっては、だとは思う。
解説を読むと、
傑作「フリッカー、あるいは映画の魔」とかまで挙げて、褒めたたえてる。
まあ、解説書く人も仕事だからなぁ、とか。ああ、いけない、いけない。
少なくともこれがツボにはまる人も多いんだろう、と、
納得にならないような納得でお茶をにごす。
まあ、そういう日もある、ということで…