三浦しをん「むかしのはなし」

mike-cat2005-03-04



絲山秋子に続き、大好きな作家さんが続々と新作を発表してくれる。
光原百合最後の願い」も、
積ん読〟に控えてて、まことにうれしい限りだったりする。


かぐや姫、桃太郎、花咲かじいさんなどの昔話をモチーフに、
一編一編が微妙にリンクする連作集だ。
特に後半4編では、
おぼろげに近未来らしき時代を舞台に、3カ月後、巨大隕石が地球に衝突する、
との設定のもと、数々の物語が、〝むかしばなし〟として語られる。
ちなみに、木星行きロケットに乗れるのは、全世界で1000万人。
科学者、政治家と、厳正な抽選によって選ばれた市民が乗る。
もちろん、政治家いらんだろ、とか、抽選なんてインチキだろ、
と思うだろうけど、そこらへんは小説の中にも織り込み済みだ。


昔話をモチーフにしてるんだから、
その昔話の寓意、とかもおまけとして当然くっついてくるんだろうけど、
僕の読解力では、あまり読み取れず…
しかし、小説としてはなんの問題もなく面白いんで、別に構わない。
というか、日本の昔話の寓意とかって、どうなんだろ、というのも多い。
桃太郎の鬼退治とか、ホントに鬼は悪いことしてたのか不明だし、
天女の羽衣や浦島太郎、かぐや姫にいたっては、
何がいいたいのか、よくわからない…
花咲かじいさんは、強欲を戒めているの?
ま、とりあえずそういった部分は、あまり小説では感じられない。


そういうのは置いておいて、印象的な部分をいくつか。
まずは〝花咲か爺〟をモチーフにした、「ロケットの思い出」だ。
ここの〝ロケット〟は、むかし買っていた犬だったりするんだが、
これが、犬好きにはたまらなく、涙腺の崩落を呼び起こす。
少年時代に飼っていた犬の、最後の思い出は、
ぼけて手に噛みついた犬の晩ご飯を忘れたら、
次の朝、冷たくなっていた、という、胃がおかしくなってしまいそうなエピソード。
そんな犬の思い出を胸にする主人公の、いまの職業は空き巣。
仕事をする時、にはその思い出がよぎる。
〝噛まれた腹いせだったんじゃなかったと言い切ることは、どうしてもできない。
 ロケットは最後の晩餐にありつかないまま死ぬことになった。
 二度と取り返しがつかない。
 そんなことを考えながら、他人の留守宅を歩き回るわけだ。〜
 ロケットのことを思い出したときには、不思議と実入りがいい。
 ありがとう、ロケット。〟


深いなあ…
誰にでもある、良心の呵責というか、こころの傷。
それは、人の家のものを勝手に取っていても、別のところで感じている。
別に犯罪者のカタを持つ気は全然ないけど、
そうだよなぁ…、などと一人ごちてみたりする。
ちなみに物語は全然違うところで展開していたりするんだが、
このキャラクター描写が、独特の味わいとなって、
その世界を膨らませている。
単に、動物が出てきて僕が感傷的になってる、というのもあるかもしれないが…


そうそう、人類脱出ロケットが直接出てくる話では、
〝浦島太郎〟をモチーフにした「入り江は緑」が、考えさせられた。
優秀な女性科学者カメちゃんがロケットに乗ることを知った主人公。
カメちゃんの恋人は、主人公の近所の兄ちゃんなんだが、
カメちゃんによると、その近所の兄ちゃん、修ちゃんもロケットに乗るという。
で、主人公は思う。
〝修ちゃんは水回りの業者だ。
 ロケットにも水回りの業者は必要だとは思うが、
 修ちゃんじゃなくてもいいはずだ。
 カメちゃんに伴侶はいらないんじゃないか。
 たとえば、修ちゃんの精子を凍結させてロケットに乗せればいいのだから。
 一人分あいたスペースには、ほかの「優秀な科学者」を乗せられる。〟


こういう極限の状況にいたると、ホント人間平等だなんて絵空事と思う。
だって、たいていの人が〝優秀な科学者〟は重要と思うはずだ。
ふだんは、実態はともかく、職業に貴賤はない、とか一応していても、
こういう状況では、本音があからさまになるんだろう。
まあ、しかし極限でいうと科学者だって、食料とかの
直接の人類サバイバルに関わる以外は、いくらでも代わりは効く。
遺伝子学者というか、遺伝子操作の技術者だけ必要人数入れて、
あとは精子卵子と、試験管ベビーの設備、そして世話する人…
それで、人類の存続とかはけっこういけるんではないか、と。
で、精子卵子は〝優秀な〟人間のを選ぶ。ああ、差別差別…
アメリカでは〝人工授精で一番精子が欲しい〟
ランク1位のマット・デイモンのとか、持っていくのかな?


つくづく、ノアの箱舟って、現実にあてはめて考えると悩ましい。
1000万人っていったって、人種的なバランスもあるだろうし、
以外とあっという間に枠は埋まってしまうだろう。
政治家とか、つくづくいらんとも思うが、
日本の政治家なら、ゴキブリ並みの生命力、ということで、
サバイバルには逆に適しているのかも…


話がだいぶ横道にそれた気がするが、
そんな考えさせる設定のもとでも、数々の物語は淡々と展開する。
たいていの人はけっこうあきらめよく、運命を享受してゆく。
じたばたしたって、どうしようもない。なるようになる、というだけ。
意外と、そんなものなのかもしれない。
もちろん、パニック起こす人は起こすんだろうけど、
〝変わらない日常を送りたい派〟もけっこういる気はする。
僕だったら? あんなこと、こんなこと…
いまやりたいことはあっても、その状況でもやりたいかはわからない。
どうするだろうな…、と物語に関係ないトコで感慨にふけってしまった。
ああ、もちろん物語の感慨もひとしお。
きょうもいい読書ができて、ホント満足でございました♪