黒川博行「国境 (講談社文庫)」

mike-cat2005-03-03



黒川博行の小説は、初めて読んだ、
というより、作者の名前すら知らなかった。
たまたま書店で平積みになっていたのを見て、
ちょっと気になって買ってみた次第。
プロットがとにかくそそる。
ナニワのコテコテヤクザ・桑原と、ぼやき屋の建設コンサルタント・二宮が、
詐欺師を追って、例の〝首領さま〟のトコの〝地上の楽園〟へ潜入する。
悲惨さ、無茶苦茶さ、そして危険…
すべてが想像を絶する世界での、ふたりの悪戦苦闘が描かれる。


楽園の風景はまあ、とにかくとんでもない。
かつて〝収容所社会〟とも称されたソ連の実録ものだとか、
そのテの本は読んだことはあるが、そんなの問題じゃない。
もちろん、フィクションの世界ではあるが、
書いてあることは、どこかで報道されている〝事実〟を基にしている。
もちろん、首領さま、は否定なされるんだろが…
まあ、弱冠の誇張はあったとしても、大差はないはずだ、と思う。
それをこうして、物語の主人公を通して、疑似体験してみると、
ホント、恐ろしいを通り越えて、笑ってしまったりするしかないんだが…
この題材を選んだだけで、もうけっこうアタリ!って感じでもある。


で、これだけでもけっこう面白いんだが、
小説のスパイスとして欠かせないのが、
よくいえば昔かたぎ、悪くいえばベタベタの関西ヤクザの桑原だ。
喧嘩っ早くて、派手好きで、わがままで、いうことはムチャクチャ。
でも、何があってもスジは通す。
小説で読む限りはとても楽しいキャラクターだ。
もちろん、あまり身近にはいらして欲しくないのだが…


この桑原の表現力というのがまた、とんでもない。
もちろん、女性蔑視とかもすごいんで、
政治的にはかなり正しくないんだが、笑ってしまうのは止められない。
調査の際に寄った事務所のおばはんを表現するのに
〝メロンパンにゴキブリ二匹貼り付けたような顔の、
 どえらい厚化粧のおばはんがおったわ。〟
メロンパン食べたくなくなるのが、困りモンだけどね。


もちろん、生存本能は強いし、デキるヤクザでもあるから、
組同士のパワーバランスに関わる微妙な問題はきっちり見分ける。
二宮に一連の顛末を説明する際もこんな感じ。
〝「あのボケは二蝶(桑原の組)の代紋と、
 大江(敵対の組)の代紋を秤にかけてみただけや」
「任侠というもんはないんですか」
「極道はな、金を儲けてこその任俠や」〟
身も蓋もないな、ホント…
とも思うが、まあ任侠だけではハラ膨らまないし、そんなもんなんだろう。


で、例の〝地上の楽園〟を語らせるととこう。
例の国が、さまざまな駆け引きで援助を掠め取って、
なおかつ平然と交渉のテーブルででかい面している話に、激怒する。
〝「極道がおまえ、そこらのマクドナルドに
 五十個のハンバーガーを寄越せとねじ込んでみい。
 一発で縄かけられて檻の中やぞ」
「それ、論点がちがうように思いますがね」
「どこがちがうんじゃ。あのパーマデブもゴロツキの親玉やろ。
 ゴネたらシノギになると高くくっとんのや。
 ミサイル、偽ドル、シャブにヘロイン、誘拐ときたら、
 本場のマフィアも真っ青やないけ」〟
いちいち、ごもっとも。
まっとう過ぎる正論も、ヤクザ口調で語ると、何となく楽しい。
あの国、に対するフラストレーションとかも、
非常にうまく表現してくれてて、スカッとする思いだ。


ストーリーは、例の国の協力者たちを巻き込み、
中国国境、そして関西を舞台に、イマジネーションあふれる展開を見せる。
協力者たちのキャラクター描写も非常によくできていて、
気持ちはもう、完全に物語の世界に入り込んでいく。
文庫本で831ページの分量も、まったく気にならない。
裏表紙に書いてある
〝読み出したら止まらないサスペンス超大作〟のうたい文句通り。
大満足の一冊だった。


とまで書いたけど、蛇足でひとつだけ。
解説入れて842ページって、
文庫本としては間違ってませんか?講談社さん。
厚さにして3.4センチ。やや小さめの講談社文庫だけに、何ともバランスが悪い。
ベッドとかで読んでいると、ムチャクチャ腕が疲れるし…
いや、2分冊にして、定価が跳ね上がったりしないよう、
心遣いをいただいてるとは思うですが、重いです。
書店で見かけた「終戦のローレライ」とかも、
4分冊のバランスが妙に悪いし、もうちょっと何とか、ね。
いや、ホントに蛇足なんだが…