乙一「暗いところで待ち合わせ (幻冬舎文庫)」

mike-cat2005-02-20



オビには〝乙一史上最高傑作〟と書いてある。そうなの?
何かほかにもあったような気がするが、まあいいでしょ…


プロットがいい、と思う。
一人暮らしの盲目のミチルのもとに、
殺人犯として追われる孤独な男アキヒロが忍び込む。
うっすらとその存在に気づきながらも、通報しないミチル。
人間関係に苦しむ二人の微妙な関係が描かれる。
僕は乙一の読者としては、ごく初心者だが、
この作家ならではの〝切ない感〟が、存分に発揮されそうな設定だ。


事実、物語は序盤から胸と胃がキュウとなる展開を見せる。
交通事故の後、徐々に視力を失っていくミチル。
視力が半分に落ちると、
〝辺りは常に夕方のうす闇に包まれているよう〟になる。
家の裏手にある、駅のホームを眺めると、夏の強い陽ざし。
だが、ミチルには違った世界が広がる。
〝見える世界は薄暗い。だれもが黒く濁った水中にいるようだった。
 それなのに、ホームに立っている人々はまぶしそうにしている。
 それが不思議に思えた。徐々に自分だけが、
 周囲とは断絶した違う世界に移行している気がした〟
世間との隔離感というか、疎外というか、その感覚がたまらなく切ない。


それに対して、自身のつらさより二人で暮らしてきた父に対する、
〝申し訳ないという気持ち〟が先に立つトコも何とも哀しい。
ミチルのために点字を覚えようとする父のエピソードも何ともキュンとくる。
最近見たばかりの〝Ray〟で、
幼いレイ・チャールズが視力を失っていくシーンでも泣いたが、こちらも泣いた。
http://d.hatena.ne.jp/mike-cat/20050204
そう、読み始めてたった4ページで泣いてしまったのだ。


もちろん、同情というのではないと思う。
〝Ray〟では、幼いレイ少年の絶望感とか、
息子のために敢えて厳しく接する決意を固めた母の気持ち。
この小説ではミチルの諦念と、それに相対する父の不安感…
感情がシンクロしてしまった、と書くと、
同情と同じように聞こえるが、同情と書くと〝憐れみ〟が混ざりそうだし。
ということで、あくまで感情のシンクロ、ということにしたい。


視力を失うことに対しては、諦念とともに、
その事実を受け入れて生きていくたくましさも見せたミチルも、
人間関係に関しては、非常に不器用だ。
それは、職場の人間関係のもつれに苦しみ、こうした事態を招いたアキヒロも同じ。
そんな二人が、〝暗闇〟で出会うのだから、
ぎこちない限りの展開が待っている。
もちろん、アキヒロに気づいたミチルは、通報するでもない。
じっと、耳を澄まし、相手の動きをうかがう。
まるで、動物同士が様子をうかがうかのように。
だが、そのぎこちなさと、微妙さが何ともいい。


アキヒロの存在を確信したミチルは冬のある日、
シチューを2人分作って、食卓に準備する。
イスに腰掛け、ただじっと待つミチル。声を発することもない。
〝いつもならそれですぐに食べ始めるはずだったが、
 なかなか食事を始めない。
 彼女が食べ始めない理由にも、心当たりがあった〟
静かな足取りでテーブルに向かうアキヒロ。
〝彼女の向かい側の席に、シチューの入った皿があり、
 だれかが座ることを心待ちにしているように、
 少し引かれた椅子がある。アキヒロはそこに腰掛けた〟
まあ、悪くいえば餌づけみたいなもんだが、
とても、静謐で繊細な、美しいシーンだ。
そこまでの二人のエピソードが、このシーンをとてもうまく味付けしてる。


物語は、この感覚を貫きつつも、
人間関係に悩む二人のその後を描いていく。
最終的な落としどころには、多少違和感も覚えるけど、
とても印象深い小説に仕上がっている。
なるほど〝史上〟最高傑作の意味がわかった気がする。
今後、さらなる最高傑作を生み出しうる作家だからこそ、の〝史上〟。
いや、出版社の意図としては、単におおげさな広告、という気もするが…