ジークフリート・レンツ「遺失物管理所 (新潮クレスト・ブックス)」

mike-cat2005-02-13



巨匠の新作、らしい。
あまりそういう方面には明るくないので、よく知らないが、
ハズレのほとんどない(といっても、僕が読んだ中では、だが)
クレストブックスだから、書店で見つけてノータイムで買った。
まあ、読み出すまでに、時間かけてりゃ世話ないが。


トータルの話の流れとしては、何てことのない話だ。
鉄道の遺失物管理所に配置されたヘンリー・ネフが、
さまざまな遺失物、そして人と出会う、みたいな。
だが、その〝さまざま〟が、どれも印象的で、深い味わいを醸し出す。


実はけっこう、遺失物管理所ってお世話になったことあるんだが、
そこで働く人には、なかなか人生を感じる場所らしい。
ちなみに冒頭で、管理所の上司がこうもらす。
「今日の人間が何を失くし、何を忘れるか。
 きみには信じられんだろうな。
 自分たちの運命がかかっているようなものさえ、
 人々はあっさりと列車の中に置き忘れてしまい、
 わたしたちのところへ来ては、持ち物を見つけてもらえると期待するんだ」
「後悔や不安、自責の念などをこれほど多く目の当たりにする場所はないよ」
海外で返却時のレンタカーとか、空港カウンターに、
財布、パスポート一式を平気で(それも何度も)忘れる僕なんか、
もうホント、すみませんのひと言しかないんだが…


そんな忘れ物には、
釣り人の疑似餌セットだとか、ホッケーのスティックだとか、鳥だとか、
思い出のアルバムだとか、求職の書類一式だとか…
忘れた人々は、ある人はまったく気にもかけなかったり、
ある人は、死に物狂い(政治的に不適当な表現?)で探したりする。
ヘンリーは
「そもそもあらゆるものが取り替え可能なんです」と言い張る。
だが、上司は
「取り返しのつかない損失というものもあるんだよ。
 もうちょっとここで長くここで働いたら、そういうこともわかるようになるだろう」
まあ、これは取り返しがつく、つかないの定義そのものが違ってる感じだから、
あんまり掘り下げても仕方ないんだが、
まあ、ヘンリーはこんな感じのことをしゃらしゃらと話す人間だ。


職場の同僚で、人妻のパウラを口説く時も、何となくへなちょこだったり、
かといって、実はホッケーのセミプロ選手で、
暴走族連中を、仲間とつるんで撃退してみせちゃったり、と、
なかなかつかみどころのない人物だったりする。
このへん、いかにも文学的だったりするんだが。


まあ、そういう意味では、文学的な問い掛けにも満ちた小説だ。
ラジオの番組企画で
「もし一日だけ無制限にドイツを支配できるとしたら何をしますか?」
という、質問が出てくると、子どもがこう答える。
「学校の一年生の時からお小遣いがもらえるようにしたい」。何じゃ、そりゃ?
でも、ヘンリーがいろいろ思考をめぐらす時、
読者もいろいろと考えをめぐらせるだろう、
と作者が意図してるのが強く、強く伝わってくる。
ちなみに自分だったら?
法律変えまくるのと、やっぱり自分の私財を増やす、の2本立て。当たり前か…


一方で、ストーリーは後半に近づくにつれ、
ネオナチに近しいような、ナショナリズムの問題であるとか、
不況による人員整理の問題であるとか、の社会問題もクローズアップする。
ここらへんは、ドイツの事情が実感として伝わってこないだけに、
多少はぼやけた感じなのだろうけど、やはり切実には感じられる。


こうした一連の事件の中でも、ヘンリーは微妙な変化を見せていく
「〝目標〟という言葉を聞くと、すぐに終着駅のことを考えてしまいますね。
 そして、〝終点です、終点です、皆さん降りて下さい〟という
 アナウンスが聞こえてくるんです」。
だが、最後に何かしらの〝目的〟は見つかる。
僕には深く突き刺さってこなかったが、
何となくは「ああ、そんなんだろな」という余韻を残す。


まあ、全般を通してみると、こんな感じ。
遺失物にまつわるストーリーは、意外と少ないので、拍子抜けする部分はある。
傑作という言葉はあまり使う気にはならないけど、一読の価値はあり、かな。