宮部みゆき「天狗風 霊験お初捕物控(二) (講談社文庫)」
前作からの勢いに乗って、読み続ける。
今回の事件は、結婚を控えた娘の失踪。
神隠し、それとも、かどわかしか…。
真っ赤な空、あやしい観音様、そして疾風。〝天狗〟の仕業か?
続けざまの事件に、霊験お初、そして友人の右京之助、兄六蔵らが挑む。
そして、僕的にはここがミソかもしれない。
事件解決を握るのは、3匹のネコだ。
年寄りネコの和尚、トラネコの鉄、ミケネコのすず。
お初と話すことができる(ほかの人間には「ニャニャ」だけ)
ネコたちの愛らしさも魅力だ。
ちなみに鉄によれば、ネコは当然、しゃべれるものらしい。
お初がこう問いかける
「前に、御前さまがおっしゃってたことがあるわ。
猫は人のあいだに混じって十年暮らすと人の言葉がわかるようになるって」
すると、
〝とら猫は大口開けて欠伸をすると
「十年かかるヤツはただの阿呆だね」〟
そうなんですか? うちのネコはもう16にもなりますが、
「ギャギャギャ(めしを寄こせ)」とかくらいしかしゃべらないんですが…
で、こんな感じのこまっしゃくれ方で、けっこう女好きっぽいこともいってのける。
この鉄がとにかく愛らしい。
ディーン・クーンツの名作「ウォッチャーズ〈上〉 (文春文庫)」「ウォッチャーズ〈下〉 (文春文庫)」
のゴールデンレトリバー、アインシュタインとも張り合えるんじゃないだろか。
もちろん、鉄たちの活躍なしに事件は解決しないんだが、
ちなみにその能力が、お初の霊験同様、
ご都合主義の道具に使われない程度のバランスは保たれてる。ご安心を。
物語全般を通じて、非常に面白かったのだが、
中でも印象的な場面が、2場面ほどあった。
まずは凄惨な事件に疲れたお初が、家で営む一膳飯屋でなごむシーン。
〝浅蜊の味噌汁に山椒の若芽の木の芽味噌をふんだんに使った田楽。
今朝の日がわりの献立の余りだがと加吉がつけてくれた鰆の焼き物−
美味しいものを口に運びながら、姉妹屋のにぎわいをまのあたりにし、
〜 一連の出来事が、まるで嘘のように思えてくる〟
〝そういえば、加吉が以前ぽつりとこんな言葉を口にしたことがあった。
「旨い食い物には、人を正気に戻す力があるんです」〟
「美味しんぼ」じゃないが、なるほど納得だ。
もちろん、万能だ、とも言うつもりはないが、
やはり美味しい食べ物こそがこころに余裕をもたらしてくれるんだな、と。
この浅蜊の味噌汁、山椒の田楽、鰆の焼き物、という描写も、
かなりこちらの胃袋をくすぐってくる。たまらない。
そういえば、ルース・ライクルの本にもあったと思う。
「落ち込んだときは料理を作ろう」。
まあ、こちらは料理失敗した場合の保証がないんだけど…
もうひとつは、霊の存在を否定する同心、倉田主水がそのこころの傷を語る場面。
倉田の姉は、倉田が若い頃、駆け落ちしてしまっているのだが、
倉田には、それが神隠しだった、と伝えられていた。
何年もの時を経て、再会した姉は変わり果て、病に苦しんでいた。
それでも、体面を気にする倉田の父は、
姉はあくまで神隠しにあった、と言い張るのだ。
倉田はこうもらす。
「その時にわたしは悟ったのだ。
鬼神よりももののけよりも恐ろしいのは、人間の方だと。
都合の悪いこと、見たくないもの、聞きたくないことを不思議話の中に押し込めて、
自分にも世間にも嘘をつき通す。
人間ほど恐ろしいものはない。私は北町奉行同心として、
この十手にかけて、そのような人間のつくりだす、
まやかしの鬼神やもののけと闘おうと思った。それをこころに誓ったのだ」。
そこまで、いまいち正体のつかめなかった倉田が、
一気に深い味わいを帯びてくる場面だ。
切なさがこころに伝わってくる。辛かったのだろうな、と。
ただ、一方で倉田の父の立場に立つと、
ことの善悪は別として、心情は理解できなくもない。
もちろん、一番には体面があったのだろうが、
やはり親としての苦しみが、その奥底にはあったのではないだろうか。
そして、人間が嫌なことを不思議話に押し込める理由も、理解できる。
もちろん、逃避してばかりでは世の中どうにならないんだが、
人間には、どこか逃げ場所みたいな部分が必要だ。
不思議話とか、あの世の話とか、そういう〝まやかし〟は
哀しい現実と必要以上に向き合わないための、迂回路ではあると思う。
もちろん、いつかはその哀しみを受け入れる時がくるのだが、
こういう不思議話で、激した感情の行き場所を作ってあげることも、
時には必要なんじゃないかな、と。
もちろん、それに凝り固まったら不幸だし、
こういう不思議話に取りつかれてしまっては、全然話が違ったりするが。
だから、倉田は〝人間とは恐ろしい〟と話すが、
同じ文脈の中で、僕はむしろ〝人間とは、弱くて哀しい〟と感じた。
そして、その弱さも含めて、生きていくことの価値も、だ。
もちろん、倉田も最後には〝不思議話〟を受け入れていく。
そして、事件が解決に向かう時、倉田のこころの傷も癒えていく。
いい小説だな、とつくづく感じるエピソードだ。
そして、小説は終わりを迎える。こちらも涙があふれてくる、こころ温まるラストだ。
もちろん、ベタベタなラストではあるんだけど、僕はこういうのが好きだ。
分かりきっていても、「こうでなくっちゃ!」と力強く思ったのだった。