宇江佐真理「さらば深川―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)」

mike-cat2005-02-01



髪結い伊三次の捕物話の第3弾。
前作では伊三次が殺人の疑いをかけられ、同心の不破と袂を分かってしまったり、
辰巳芸者のお文との仲が、壊れかけてしまったりなど、大きく展開したこのお話。
今回は、不破との関係改善や、お文の女中おみつのお嫁入り、
お文に横恋慕する伊勢屋とのトラブルなどが描かれる。
幻術を使う相手が登場したりして、こちらはやや異彩を放つけど、
本全体では、シリーズならではの安定した面白さが発揮される。
かといって、別にマンネリ感がないのは、さすがといった感じで。


印象的なのは「因果堀」だ。
お文も被害にあった女掏摸を追う捕物で、伊三次は不破と〝復縁〟を果たすのだが、
この掏摸をめぐってもうひと悶着が起きる。
おかしな動きを見せる岡っ引きの増蔵と、女掏摸・お絹の愛情が哀しくて切ない。
特に、手癖の悪いお絹だが、その一途さというか、不器用さはたまらなく哀しい。
さすが、宇江佐真理、とうなる味わい深い一遍だった。


この作品の舞台となる、深川への作者の想いを、
伊三次の気持ちにのせて語っているのが「竹とんぼ、ひらりと飛べ」の出だし。
「深川に向かう時、廻り髪結いの伊三次の気持ちは少しだけ弾むような気がする。
 〜 大川を一つ挟んだだけなのに、そこには江戸とは違う独特の風情があった。
 人はそれを辰巳風と呼ぶ。男も女も気っ風がよく、本音を吐く。
 しかし、野暮には聞こえず、粋でもあり、いなせでもあるから不思議だ。」
そんな辰巳で芸者を営むお文は、やっぱりいなせで粋な女だ。
そのお文の人となりをまたいい感じに描き出した一遍となっている。


そのお文との仲に一大転機が訪れるのが、表題作の「さらば深川」だ。
ある陰謀に巻き込まれ、焼け出されたお文に、伊三次が結婚をにおわす。
稼ぎではるかに劣る伊三次の、強く出られないいじけた感じがまた切ない。
でも、そのいじけた感じが、お文を怒らせる。
「〝お前ェはひどい男だ。わっちが家をなくしてから、ようやくそんな話をする〟
 お文はしばらくしてから吐息混じりに言った。
 〝家持ちの辰巳の姐さんに、廻りの髪結い風情が豪気なことは言えねェと思ってよ〟
 伊三次は言い訳するように応えた。
 〜〝もっと前にその台詞、聞きたかったねェ〟
 お文はしみじみした口調で言った。」
お文の気持ちも、伊三次の気持ちも痛いほど分かるだけに、すごく染み入るシーンだ。


さらば、というくらいだから、二人は深川を後にするのだろうが、
これからの行く末は、とても気になる。
続編も早く文庫化されないかなぁ、と思うがいつごろになるんだろうか。
ハードカバーで買うにはこの小説、何となく微妙なモンで、
結局は待ち続けるしかない、という感じではあるのだが…