アンジェラ・カーター「ブラック・ヴィーナス (Modern&Classic)」

河出書房新社 1600円…



これだけ読みにくい本は、ひさしぶりだ。
ちょうど、読む側の読解力が落ちているときだったこともあるけど、
とにかく何だか難しい。
読み進める度に「えっ、これ何の話だっけ?」という感覚に襲われる。
何ページか前に戻ってみて、分かるときもあれば、そうでない時も。
こういうの、とても〝ブンガクしてる〟ってことなんだろうか。
まあ、僕に文学センスがあるとも思えないから、いいんだけど。


マジック・リアリズム〟の旗手だそうだ。
ものの本によれば「精巧な描写と非現実的な雰囲気が特徴」とか。
ガルシア・マルケス百年の孤独」や、テリー・ビッスンふたりジャネット (奇想コレクション)」あたりも、
そこらへんにカテゴライズされるらしい。ほぉ…。
百年の孤独 ふたりジャネット (奇想コレクション)
確かに現実にあった事件や事象を、スーパーナチュラルな部分も含めて、
独特の想像力で味付けし、独自の解釈で描いて見せた興味深い作品だ。
しかし、まあ難しいんだ。これが。
もちろん、現実の事件、事象に関する知識、素養を求められてるんだろうけど。


ちなみに、短編8編による構成となっている。
表題作の「ブラック・ヴィーナス」は、ボードレールの愛人の生き様らしい。
しかし、すみません。ボードレール読んだことない。
ちなみに、ボードレールといえば、の「エドガー・アラン・ポーとその身内」もあり。
どちらも、詩や文学がお好きなヒトなら、ガツンとくるんだろうな。
僕は本といえばたいがい〝何でも読む〟派だが、
古典とかはまるでダメ夫ちゃんなので、まったくわからない。


個人的には「わが殺戮の聖女」が印象的だった。
ランカシャーに生まれ、ロンドンで娼婦になり、ヴァージニアに囚人として送られた女。
プランテーションから逃亡した女は、
インディアン(ネイティヴ・アメリカンとしないのは、意識的と思われる)の集落に迷い込む。
所有の概念、夫婦の概念など、さまざまなカルチャーギャップの中で、
女が、新しいアイデンティティを確立していくさまが描かれる。
それ自体もなかなか読ませるのだが、
それ以上に新大陸を席巻するピューリタニズムの横暴さが興味深い。
女の新しいアイデンティティを理解することなど、毛の先ほども考えない。
まあ、こういうのはどんな世の中でも多少はあることだし、
いまもアメリカってそういうトコ、かなりあるから意外でもないんだが。
ちなみに、この作者、ピューリタニズムに対しては、
かなりご意見をお持ちのようで、その後も揶揄するような表現が見られた。これ、蛇足。


狼に育てられた少女と、
その少女を引き取った家族の少年の交流を描く「ピーターと狼」もなかなかだ。
交流といったって、狼少女は交流する意図なんか、まるでないし、
狼少女というモチーフであっても、
少年にとってはあくまでも珍しい生きもの程度の認識しかない。
だから、その観察眼は冷静そのものだし、
その興味の根幹には、常に恐怖が漂っている。ま、当たり前。
それでも、この小説が面白いな、と感じたのは、
少年が、そんな狼少女にもセクシャルな匂い(臭い、かも)をかぎ取るあたりのリアルさだ。


「ピーターの心臓はどっきん、どっきんと音を立て、急降下していくときのようだった。
 けれども自分の恐怖をはっきり認識できなかった。
 この女の子のセックスの裂け目から目を離すことができなかった。」のだ。
で、「少女が吠えると、下の唇が開き、少女の意志には無関係に、
 肉製の、中国の蛇腹の箱のような光景が出現した。」さまをつぶさに観察してる。
オトコのコだね。まったく。
でも、「それは彼の無限に対する最初の呆然自失、目くるめく暗示だった」そうだ。
ここらへん、ホント文学とは難しいですな。わからん。
まあ、でも面白いな、と思ったことは確か。こういう不思議な感覚が味なのだろう。


ほかにも、英国のカントリー・ハウスのシェフを務める母が、
ロブスターのスフレを作っている最中にできた子供の話、「キッチン・チャイルド」がヘン。
ま、小説だからいいんだけど、スフレ作ってる最中に後ろからされちゃって、
でも、スフレの出来が気になるから相手の顔も見なかった(笑)って、見ろよ! 顔くらい。
というか、そういうのアリなんですか? 昔は…
まあ、そういうとんでもない展開から始まるんで、なかなか不思議な短編だったりする。
こちらも、一読の価値くらいはあるかも。
文学的には、どういう解釈がなされてるのか、ぜひ知りたいとも思うが、
評論読むのはめんどくさそうなので、このくらいで。
以上、難しい読書の時間でした。ああ、疲れた…