ダグラス・ケネディ「売り込み (新潮文庫)」

日本先行発売らしい。933円+税



最新〝悪夢〟もの。
引っ越し準備などなどで、どうにも時間が取れない中、ようやく読了。
面白かったんだけどね、疲れててなかなか読み進まなかった感じ。
特にジェットコースターが一気に落下するような後半は、
疲れてる時にはけっこう体に応えるかも。


冴えない人生にうんざりしていた脚本家デヴィッドが、いきなりヒット作に恵まれる。
突然、人生は好転し、デヴィッドの夢は次々とかなう。
ポルシェに、美人の恋人(しかし、不倫だったりするのだが…)、名声…
そして、金融ブローカーの紹介で出会った、大富豪から巨額の契約も持ち掛けられる。
すべてが順調。しかしある日、新聞のコラムで取り上げられた、
盗作疑惑が急転直下、デヴィッドを奈落の底に突き落とすのだった。
ビッグ・ピクチャー (新潮文庫) 仕事くれ。 (新潮文庫)
ビッグ・ピクチャー (新潮文庫)」「仕事くれ。 (新潮文庫)」を思わせる、
この作者得意の転落、悪夢もの。
今回は、第1部のサクセス・ストーリーで持ち上げるだけ持ち上げてるので、
その転落ぶりは、読んでいるだけで、骨身に染み渡る感じだ。
しかし、こんな目に遭うなら、成功しない方がましだ、
という感覚は僕の場合ないので、それなりに楽しんで読める。
今回みたいに疲れてなかったら、もっと笑いながら読めたかも。冷酷?


ちなみに、その転落部分は読んで楽しんでもらうとして、
(終盤の盛り上がりはけっこうイケてる。すごくお勧め♪)
前半のハイライト、大富豪の別荘での大、大歓待ぶりを受けている時の、
デヴィッドの言葉が印象的だった。
要望は何でもかなったりする、夢の状況にたどり着いたデヴィッドは、
ある意味〝万能の神〟たる大富豪の境遇について思ってみる。
夢の別荘にて「30分過ごしただけで、すでにこう考えている。
欲しいものをすべて持つことには、ひどくゆがんだ点がある」。


まあ、わからないでもない。
事実、デヴィッドはあっという間に変容していく。
「屋敷に一日いるだけで、自分がどうなりつつあるかが分かっていた。
 すなわち、わがままだ。そして敢えて言うなら、それが気に入り始めていた」。
でも、いいんじゃないの、とも思う。
生まれてからその境遇だったら、本質的にねじ曲がると思うんだが、
辛酸を嘗めたりとかしなくても、ある程度ふつうの人生を送ってくれば、
その変容だって、たかが知れてるし、それこそ、自分の心掛けひとつなんだしな。


ただ、よくいう「無限大はゼロと同じ」という部分はやはり感じると思う。
いつでも、何でも手に入るなら、意外と物欲はなくなる、ということ。
そんなに欲しいものはなくなると思うんだけど、
それがむなしく感じられるようになってきたら、悔しいな、とも思う。
それこそ、そういう恵まれた境遇になるだけの器じゃない、
って感覚、味わいたくないな、と強く感じるし。


そんな感じでいろいろ考えながら、読み進めてくと、一気に墜ちる。
もう、ディズニーワールドの「タワー・オブ・テラー」とか、そんな感じ。
急降下過ぎて、逆に浮遊感すら味わえるかも。
そしてこういう小説の場合、最後の落としどころが、
作品の価値を決めてしまうけど、この小説はかなりうまくバランス取れてる。
読み終えての満足感は、十分なレベルに達してると思う。
折しも安倍なつみ盗作疑惑が話題になった時期に、
イムリーに出版されていたあたり、新潮社、なかなかセンスあるかも。
さすがに、「安倍なつみで話題の〝盗作〟もの」とか、
コピーつけるわけにはいかないから、微妙かもしれないけどね。