フレデリック・クレマン「アリスの不思議なお店」

フランス語版。表紙は同じかな?



〝MAGASin Zinzin〟 ou aux Merveilles d’Alys

アリスの不思議なお店

アリスの不思議なお店

半年ぶりくらいに買った絵本だけど、書店店頭で見て、一目ぼれした。
しかし、初版第1刷が1997年…。僕の目の節穴ぶりがよくわかる。
ま、同じ本でもその時の気分気分で、目に入るかどうかって、変わってくるものだけど。


僕は全然知らなかったけど、著者のクレマンは、その世界では有名みたい。
「色を奏で、言葉を紡ぐ魔術師・・・ 」だそうだ。

しかし、実際本を手に取ってみると、なるほど、とうなりたくなるくらい、
一冊の絵本に、素敵な世界が広がっている。
ちなみにこの絵本は、クレマンが娘のアリスへのプレゼントに贈った、特別な一冊を、
その後出版ベースに乗せた逸品らしい。
ううん、こういう素敵な父親、憧れるな… って娘どころか、子供もいないんだが。


絵本の中身は、アリスが開いている不思議なお店の商品紹介。
お店にはもちろん、それはそれは不思議なものが、ところ狭しと並べられている。
もちろん、(架空の)写真とイラスト入り。思わず心浮き立つ、名品珍品揃いだ。
たとえば、〝砂つぶほどの小さな象〟だったり、〝ピノキオの鼻の先っぽ〟だったり。
頭のおかしならくだがもぐもぐ噛んで、吐き出して、
「こぶの上を飛んで、砂とバラの花のあいだにおっこち」た〝らくだの9つの思い出〟だったり。
これなんか、どう見ても、噛み終わったフルーツガムっぽくて、笑っちゃう一品だ。


〝星の王子様の影〟もあるし、〝白雪姫の口紅とおしろい入れ〟もある。
〝シンデレラの笑いのかけらとガラスのかけら〟なんかも、お勧めの品だ。
並べられたイラストが美しい〝かたつむりの王宮の残骸〟〝キリンの花々〟も魅惑の逸品。
〝うつり気な帽子の卵〟なんかは、その昔、高い高いシニョンを巻いた女の子たちが、
憧れていた、世にもまれな赤くてまるい卵だったりする。
思わず、サイドストーリーを勝手に組み立てて、子供に話してあげたくなる、
夢あふれる品々が、次々と並べられる。


そうはいっても、さすがフランス人。童話世界は、甘い蜜だけで構成されるわけではない。
たとえば〝人食い鬼の乳歯〟なんてのもある。
「オリジナルで心のこもった贈り物」として紹介されてるけど、かなりのえぐい説明がされている。
何しろ人食い鬼のおやつは、空中の親指小僧だったり、親指姫を1ダースだったりする。
もちろん、バニラの粒なんかを添えて、ポリポリやる。
ううん、こういう話、怖がる子供もいるだろうけど、喜ぶ子供もけっこういそう。
ちなみに、誕生日に欲しがるのは、
「シャンティの野原クリームをたっぷりかけた、男の子のマロングラッセ」だって。


〝魔法使いメルランのビー玉〟だってすごい。
そのガラスの真ん中には、
「この地上でいちばん吹き荒れた、もっともすさまじい暴風雨の日の
 もっとも残酷な波が封じ込めてあるんだ」から…
しかも、いまなら「水夫たちを噛み砕く、波の牙」もセットでおつけします。
いや、テレビショッピング的な宣伝文句はぼくの創作。すみません。
しかし、そんな危ないもの、子供にやるなよ、という野暮はいわない。
こういうの、平気で中身に入ってくる当たりが、すごくいい。
甘ったるいだけの、日本の子供教育なんかと一線画してる、とか書くとそれはそれで野暮か。


そうそう、商品を手に入れるまでの経緯も面白い。
宝石扱いになっている、〝セイレーンの髪の毛〟なんて、

  • ほんのちょっぴりの美味なワイン
  • マルキーズ島のバラいろの小海老3匹
  • 台湾の灰いろの小海老3匹
  • 紅海のの青いおさかな
  • ネモ船長の帽子(海底二万マイル
  • トンブクトゥの駅長のくるくる回る呼び子
  • ガゼルの角1本
  • 四枚のラング・ド・シャ=猫の舌=
  • 白兎の懐中時計(不思議の国のアリス

との交換だ。不思議なくらいの価値だ。
「水平線をひとまわりするぐらい」の長い赤毛でも、ふむふむ、なんて思ってしまう。


ページにすれば、60ページ足らず。でも、その内包世界は限りなく広い。
多少難解かとは思うけど、子供が一人で読んで想像を膨らますもよし、
大人がストーリーを膨らませて、読んで聞かせるもよし。
いつまでも成長しない大人が、子供のように想像を膨らませて読むもよし。
ハリー・ポッター」が呼び起こした、軽薄っぽいファンタジー・ブームに乗る気はないけど、
ハリー・ポッターを軽薄、とは思わないけど、いまのブームは軽薄でしょ)
この絵本のファンタジー世界には思わず浸りたくなる。
何度も見返し、読み返したい。いろいろな人に贈ってみたい。
そんな気持ちにさせてくれる、本当に素敵な本だった。