アニー・プルー「オールド・エース」

集英社刊、3150円



ようやく、読み終わった。約1週間、僕にしては異例の長さだ。
とはいっても、小説がつまらなかったからでは全然ない。
そこそこの ボリュームに、いろいろ多忙だったのが重なっただけ。
言い訳してどうなる、って感じだが、この小説の面白さをきちんと伝えたいからだったりする。


テキサス、オクラホマ両州にまたがるパンハンドル
(形がフライパンの柄=パンハンドル=に似てる)。
かつてはプレーリードッグと、バッファローが群生する、大平原地帯だったこの地に、
養豚場の用地買収の調査員として訪れる、さえない男ボブ・ダラー。
マクドナルドに代表されるように、地域軽視が常の、グローバル企業の一員として、
秘密調査員として、様子をうかがっていたボブだが、
いつしか地域の人たち、そしてパンハンドルに魅せられ、自らの進みべき道に迷い始める。


タイトルの〝オールド・エース〟は、この物語のもう一人の主人公、エース・クラウチのこと。
原題は〝That Old Ace In The Hole〟
オールド・エースに、奥の手を引っかけた、しゃれたタイトルだ。
自らが人生をささげてきたパンハンドルの地を、グローバル企業から守る〝奥の手〟だ。


こう書くと、「何、エコ小説?」と、思ってしまうのだが、そうでもない。
小説で語られるのは、よくある一方的な自然賛歌ではない、
自分たちの土地への愛、そしてその苦闘の歴史だ。
苦闘の歴史の1ページを彩る「ダスト・ボウル(砂塵災害)」は、農民による開墾がもたらしたものだし、
牧場主たち、そしてカウボーイだって、別に正義のエコロジー主義者でもなんでもない。
だが、その歴史は壮絶である一方、魅力にも満ちあふれている。


かつては、地下水をくみ上げる風車職人だったエースたちの歴史。
キルトをつづる、老婦人たちの半世紀にも及ぶ、パンハンドルでの生活。
地元のお祭り、有刺鉄線祭のネーミングにまつわる、農業と放牧のせめぎ合い。
解説によれば、このパンハンドルは、アメリカ国内でも影の薄い土地だということだが、
その描写には、ひとつのアメリカの歴史が凝縮されている。
そこには、名作「シッピング・ニュース」で描かれた、
カナダ、ニューファンドランドの歴史にも匹敵する、味わい深い物語が展開する。

港湾ニュース

港湾ニュース

文庫判ISBN:408760408X
そして、その物語を彩るスパイスとして欠かせない、プルー一流のユーモア。
妻に逃げられ、残った子どもとただただ呆然とするだけだった「シッピング・ニュース」のダメ男、
クオイルのトホホぶりに相当するのが、使えない用地調査員、ボブ・ダラーだ。
こちらは7歳で親に捨てられ、変わり者のおじに育てられた、哀しい過去を持つ。
でも、そこにヘンな悲壮感はない。
どこか諦念につきまとわれるつつも、人生への愛を決して忘れないボブの生き様は、
時に不器用で、笑いを誘う一方、応援し、そして感情を共有したい想いを抱かせる。


このほかにも、魅力的なキャラクターはめじろ押しだ。
風車職人として、この地の用水確保に革命をもたらしたヘンなオランダ人、ハバカック。
パンハンドルの歴史をまとめ上げようとする未亡人の牧場主、ラヴォン。
やたらと数を数えたがる、へなちょこ保安官、ヒュー・ドゥ…
そのキャラクターの多さが、ストーリー進行を阻害している点は確かにあるけど、
物語そのものの魅力を損ねることは決してない。むしろ、そこにこそ物語の味はある。


パンハンドルを舞台にした大河ドラマでもあるし、ボブ・ダラーの人間ドラマでもある。
また、パンハンドルに生きる人たちの群像劇でもある。
そして、多国籍企業によるグローバリゼーションを取り上げた、社会派小説でもある。
ひとことではいえない魅力の詰まった、まさに〝傑作〟だと思う。
まあ、集英社なんで、文庫化は比較的早いと思うけど、
ハードカバーの値段、重さを乗り越えてでも、ぜひ読んで欲しい一冊。
可能なら、ケヴィン・スペイシー主演で映画化された「シッピング・ニュース」同様、
味のあるキャストで映像化して欲しい、素敵な小説だった。