ナサニエル・ホーソーン/エドゥアルド・ベルティ「ウェイクフィールド / ウェイクフィールドの妻」

新潮社、1600円よん♪



魔球ナックルを操る米大リーグの投手の苦闘と、その妻の献身を描いた感動作。
って、とりあえずお約束のボケかましてみました。野球興味ない方、すみません。
そのティム・ウェイクフィールドとは全然関係ないので、野球ファンの方もあしからず。


オビがすんごく詳しくて、もう読まなくてもわかるお話だ。
「さしたる理由もなく夫は失踪し、
二〇年後、なにごともなかったかにょうに妻の待つ家に戻った。」
以上、ホーソーンの短編「ウェイクフィールド」のあらすじ。
それをベルティが、「妻」の視点で語り直した長編が「ウェイクフィールドの妻」。
「世紀を越えた競作」なんて、オビに書かれたら、僕なんかイチコロだ。
ウズウズしながら本を開き、ふむふむいいながら、ページをめくっていった。


ホーソーンの古典が発表されたのは1835年だそうだ。
舞台は19世紀の英国。産業革命が人々の暮らしを変えつつあるころ。
男は、旅行に出るといって姿をくらまし、
そのくせ自宅のある通りの隣の通りでちゃっかり隠遁生活を送ってる。
そう、さしたる理由もなしに、だ。
ウェイクフィールドは怠惰な男。だから、積極的に何かを企んでたわけでもない。
ふらっと出かける際に、何とはなしにそんな行動に出てしまう。


しかし、ウェイクフィールドの隠遁生活は20年続く。
たまに妻を監視して見せたりする。そんな時だけ、怠惰さは身を潜める。
こういうの、単に〝悪趣味〟というのでは…
身勝手とか、何かいろいろな表現が可能だが、
でも、確かにウェイクフィールドはどこともなく、さまよっているのだ。
それも、さまよっているとの自覚も不十分なままに。
だから、自らを「追放者」として、自らの世界から遠ざける。
でも、明確な自覚がないから、別に知らない土地に行ったりしないのだ。


帰る時も、気まぐれ以下のきっかけで、20年ぶりのドアを叩く。
20年ぶりの帰宅を、何とはなしに想像し、その通りに行動しただけ。
不条理そのもの、の世界が展開する。
小説の終わりには、この物語からは何らかの寓意が得られる、とある。
人は一瞬脇にそれただけで、人は己の場を永久に失う恐れがある、と。
ううん、教訓にはならんな。そういうこともあるんだろう、と心に刻むだけ。
寓意も何も、そんな人いないよってだけだからな…


そんな思いを抱きながら、
1999年に発表されたベルティによる〝アナザー・バージョン〟に移る。
この不可解で、不条理なドラマが〝妻〟の視点で描かれる。
ホーソーンの〝元ネタ〟では語られなかった、さまざまな背景なども細かく説明される。
そしてまた、この妻が面白い。
突然置いて行かれても困るはずなんだが、けっこう何とかしちゃってる。
その上、ウェィクフィールドの特徴を説明させると、
右手はそこそこ温かいが、左手は冷たい、とかどーでもいいコトを思い出す。
さらに「冷たいのが左手だということは、つまり心も氷でできている」と追い打ち。
すげえ言い切りっぷり。そうなんですか?


また、この妻の面白いトコは、人間を何でも2分類で語ろうとしてみるトコ。
「人は悲しみに引き寄せられる者と、幸福に引き寄せられる者とに分かれる」
「人は自分の決断を進んで見直す者と、決してそんなことはしない者とに分かれる」
あたりだと、ふむふむ、かと思ったが、考えてみれば当たり前だ。
もともとそんなに選択肢がない命題だったりするんだから。
でも、この言い回しはけっこう普遍的だ。説得力あるし。
ま、言葉遊びとして面白いんだが、あなた、夫が失踪してる時に余裕あるね。


そんな感じで、夫が失踪している間のエリザベスの心の動きとか、
さまざまな行動や何かが詳細に語られていく。
こういうのって、パロディ同人誌の世界みたいなもんですか?
いわゆる〝サブキャラ〟の扱いも似てるし。って、その世界よう知らんけど。
メイドのアメリアや、小間使いのフランクリンの話とかも、
たっぷり膨らましていて、もちろん、興味深い。
一方で、けっこう冗長でもあるんだけど。
ホーソーンの作品であえて語られなかった、ウェイクフィールドのその後も蛇足かな。
そこらへんは、想像の世界で楽しんで、いいんじゃないの、と思う。


それでも、妻、エリザベスの心の動きの描写は、ズンズンと響いてくる。
不条理な夫の行動に、さらに不条理な思考で対応するエリザベス。
ホーソーンの作品で、さらっと書かれた部分が、
ベルティの想像力で、不思議なぐらいに膨らんでいく。
だから、どんどん不条理、不可解性は強まっていく。
2つ併せて、ますますつかみどころのない作品でもある。
そこんトコ、ちょっと似てるかな。とらえどころのない球を投げるピッチャーに。
と、こんな感じで強引にまとめてみる。どお?
「おーい、座布団全部持ってっちゃいなさい」