絲山秋子「袋小路の男」

講談社 1365円でっす。ぜひ♪



待ちに待ってた絲山秋子の新作。
っていったって、ちょっと前に「海の仙人」読んだんだけどね。
http://d.hatena.ne.jp/mike-cat/20040903
僕的にはお気に入りランキング急上昇中。
マイフェイバリットの平安寿子藤野千夜川上弘美と肩を並べつつある。
いや、僕のランキングとか、どうでもいいんだが。


第30回川端康成文学賞受賞作だ。
受賞作=名作という気はないが、さすが受賞作だ、というのは納得。
読んでいて、とにかく心地がいいのだ。
この心地よさ「イッツ・オンリー・トーク」から一貫している。
話はきわどい時もあるし、それなりにドロドロしていたりするのだが、
読んでいて気持ちがふわっと柔らかくなる。本当にセンスが光る作家さんだと思う。


まずは表題作「袋小路の男」と、
その連作というか、視点を変えた作品の「小田切孝の言い分」。
袋小路に住む男、小田切孝と、高校時代から小田切に憧れ続ける大谷日向子との奇妙な恋。
触れたのは、ものの受け渡しで指がかすめた程度。
でも、小田切は誰よりも日向子を理解し、日向子は小田切への尽きぬ想いを整理できない。
「袋小路の男」では、そんな煮え切らない、薄情な小田切への、日向子の見解が語られ、
「小田切孝の言い分」では、いくぶんか不可解な日向子への、小田切の屈折した想いが語られる。


印象的なシーンは、中途半端な関係に辟易した日向子が、小田切に迫るトコ。
「このままじゃつらいです。最後に一度だけでいいから、寝て下さい」。
しかし、小田切からは長々とことわりのメール。その最後に
「お前と縁を切るつもりはないけれど、
俺は本当にいろんなことをあきらめているんだ。これで答えになるかな」。
この後、地の文で日向子のコメントが入る。「なんない」。そうだよね。


ま、こんな感じで話自体も面白いんだが、細かな表現にすごくくすぐられる。
大阪転勤の後、東京へ復帰した日向子の家に、数年ぶりに小田切が現れる。
いきなりやってみせるのは、禁じ手、冷蔵庫開け。
「びっくりした。いきなりスカートをめくられるより、びっくりした」。
そうか、びっくりの最上級っていきなりスカートめくりか。
でも、何だかわかるような気がする。


これも印象的だった。
田切が日向子のことを理解する一方、日向子は小田切が理解できない。
その理由を説明する、日向子の言葉もふるってる。
「彼は自分の世界を、釣り銭か何かのようにポケットに突っ込んでしまう」。
これも、すごく伝わってくる表現だ。


でも、強烈にいいのは「アーリオ オーリオ」だ。これはすごい。
ほのかな感じだけど、泣いちゃいそうによかった。
パスタばかり食べている清掃局の燃焼施設オペレーター、哲と、
その14歳の姪、美由との、手紙を通じての交流だ。
表題は「アーリオ オーリオ エ ペペロンチーノ」からきている。
ニンニクと赤唐辛子、オリーブオイルのパスタ。
シンプルだが、おいしく作るのは難しい。これは僕もまったく同感。
「ちょっとした実験のように楽しんでいる」哲の人がらも、なかなかいい。


文通は、天体マニアの哲が美由をプラネタリウムに連れて行くことで始まる。
携帯メールじゃない。あくまで手紙。
「リアルタイムじゃないじゃん」と不思議がる美由に、
哲が「タイムラグがあるからいいんだよ」。
このタイムラグが、小説に深い味わいをもたらす。


友達とのこと、進学のこと、さまざまな悩みを抱える美由に、
哲がタイムラグを経て、柔らかな雰囲気をたたえた返事を送る。
携帯メールとはまたひと味違う、独特の優しさが醸し出される。
僕は携帯メールのリアルタイムも好きだけど、すごくキュンとなった。
そして、美由が自分の心の中で見つけた、新しい星「アーリオ オーリオ」は、
人工衛星のように、二人の気持ちを優しく、温かいタイムラグで中継する。


哲が好きなのは、
全宇宙の99%を占める?ダークマター?だったり、
何光年もの距離を経て来ている、かつて存在した光だ。
世の中は見えているものだけで構成されているわけじゃない。
悩む美由に、押し付けがましくなく、?僕はこう思うよ?と優しく伝えていく。
それで、美由の抱える問題は、簡単に片付くことはない。
でも、美由の気持ちはときほぐされていく。


劇的な展開はそこにはなにもない。
だけど、綴られたひと言ひと言の言葉が、心にじんわりと感じられる。
また、いい本を読んじゃった♪ とご機嫌になれる。
そう、まるで素敵なプレゼントをもらったようだった。