もはやアトラクション、の名店ひつまぶし

名古屋のみなさん、茶化してごめんなさ

せっかくの名古屋なので、名物ひつまぶし大会で行こう、ということに。
僕も含め、初体験多し。期待に胸膨らませ、店選びに燃える。
狙っていた「イチビキ」は、閉店時間に間に合わず断念。
一応、老舗として名高い「宮鍵」に変更。
http://gourmet.yahoo.co.jp/gourmet/restaurant/Tokai/Aichi/guide/0105/P008848.html
だが、その時はまさか、こんな体験ができるなんて、思ってもみなかった。
何が、って「意地の悪い老舗」の実体験だ。
かつて西原理恵子神足裕司が「恨みシュラン」で、
神田の老舗を笑い飛ばしたような、めくるめく体験が、そこには待っていた。


電話で予約した時から、何かが違っていた。
だるい声で「はい…… 宮鍵ですが」。が、って何だろう、が、って。
続くのは「何か用?」なんだろうか、「あんたは誰?」なんだろうか?
もうここで普通ならダメ出ししちゃうところだが、
まあ同行者との付き合いもあるので、聞き流す。
ラストオーダー直前の入店になりそうと判明。
捨てぜりふのように「9時ラストオーダーで、9時40分くらいには閉めさせてもらうけど…」
いま、8時20分。説明はするのは当然なんだが、その口調たるや…
いや、ここらへんで、開いた口はふさがらなくなってる。
さすが老舗、さすが名店。
愛想振りまこうものなら、格が落ちてしまう。のか? よくわからないが。


そして座敷に上がるや、注文するまでに3回「ラストオーダー」を強調される。
「こんな時間に来やがって、邪魔くさい連中だ」。
そんな熱い気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
6人組のうち4人が先に到着。
だがもちろん、メニューは一枚しか持ってこない。
もう一枚頼むと、気の遠くなるような時間が経過して、「もう一枚ね」。
いや、どうも過剰なサービスを要求してしまったようだ。声の尊大さに拍車がかかる。
「生(ビール)はないんですか?」と、お尋ねさせていただく。
「そうね」。つれない。続けるならば「あるとでも思ってるのね?」。
そうか、覚えておこう。うなぎに生ビールはいけないらしい。
食べ合わせ? それは梅干しだったような…


ひつまぶしに、う巻き、鶏の山葵和えなど、とりあえず頼む。
鶏の山葵和えの分量を聞く。「5個!」。
老舗に「です」だとか「ます」だとかを期待しちゃいけない。
われわれは、ありがたいことに、名物を食べさせていただくのだ。心して、お言葉を賜る。
白焼きらしきメニューを見つけ、「白焼き」とお願い申し上げると「白長焼き?」と聞き返される。
ほかにそれらしきものはないが、「長」がポイントらしい。
でも、聞いたりしたら負けだ。
「〝長〟も知らないとは、食べる資格もないわ」と、追い出されちゃうかもしれない。
まあ、ふつうの白焼きを、切らずにそのまま出すからだろうな、と思い、受け流した。


しかし、5分後に並んだ「白長焼き」は、長くなかった。切ってある。
何が「長」だかわからない。「長く焼いたから?」と誰かがつぶやく。
絶対違う。だって、5分しか経ってないし。
というか、こんなに早くうなぎの白焼きを出していただいたのは、生涯初めてだ。
割いて、蒸して(関西ならこれはないが)、焼いて… かなりの作業になる。
でも、不可能を可能にするのが、老舗のスペシャルな力だ。
そこらの店ではできない、特別な炭でも使っているに違いない。
聞く勇気はないけどね。「ガ×バ×ナー」とか、秘密を知ったら消されそうだし。


鶏も、う巻きももちろん量は想像を超える、謙虚さだ。
老舗たるもの、ありがたみをなくさないため、最大限の気遣いが行われる。
「満足できるような量を出したら、気分が台無しになるでしょ?」
そんな、声にならない問い掛けが、皿から伝わってくる。
もちろん、皿をくれる時は、ガチャッという音は必須だ。
そこらへんに適当に、本当に適当に置いてくださる。
「ガチャッ」「ガチャッ」。でもあくまで置いてくれるのは、近くだけだ。
物も言わずにこちらに突き出す。「早く取れ」。目が語る、とはこのことだ。
有無をいわせない強烈なメッセージに、会話を中断し、皿を受け取る。
自分で回すくらい、客にとって当然の義務と心得なければいけない。
また、人生に大事な教訓をいただいた。さすが老舗だ。教育的効果もばっちりだ。


そして、たどり着いたメインイベント。
実に20分ほどでたどり着いてしまうが、疑問を感じてはいけない。
遅くなったら、従業員さんが帰れないじゃないか。
客のスピードに合わせてサーブする、なんて、
老舗の風上にもおけない愚挙であることも、あらためて実感させていただく。
で、ひつまぶし本体。三度に分けて食え、と指示を頂戴する。
普通に食べる、ネギと山葵で食べる、ネギ&山葵におだしをかけて食べる。
ハトヤ3段逆スライド方式みたいだ。どんなのか、知らないけど。


食事も終え、最後の談笑が始まる。はずむ笑い声、はじける笑顔。
だが、老舗の追撃は容赦ない。「もう、いいね」。問い掛けではない。命令。
「早く帰れ」。店全体に、危険な香りが漂う。
1分たりとも、妥協は許さない。それが老舗の心意気だ。
決められた時間を守る。それが、老舗の看板を守っていくのだ。
追い立てられるようにして、店を出た。時間にして、約1時間強。
濃密な老舗の味わい、そこには一切の妥協がない。
絵に描いたような「根性ワル」が、余すことなく散りばめられる。
まるで「異次元体験」。
そう、老舗はもう、遊園地のアトラクションの域に達していた。
なかなかできない体験。怒る気力すら、わいてこない。
だって、こんなベタな体験、笑っちゃうしかないから…


そうそう、思い出した。お味のご報告。
う巻き、白焼き、鶏山葵和え、はまあまあ。可もなく不可もなく、といったところだ。
そこらへんの居酒屋チェーンでは、とても出せない味といっても、褒めすぎではない。
ひつまぶし、ね。
僕の場合、ふだんはウナギはほとんど白焼きしか食べない。
だから、蒲焼き系にはもともと採点が辛いんだが、これは…だ。
濃い。濃すぎる。たれの味しかしない。それもたれがたっぷりかかってる。
ちょっとやそっとの山葵じゃ、とても、とても…
だし汁かけたって、膨大な量のたれが、すべての味を支配する。そう、たれ汁漬け。
この料理法自体の可能性は、けっこういける、との感触はつかんだ。
だが、この「たれ汁漬けのウナギ」は、まあ語るにも及ばない。
「名物にうまいものなし」。もう一つ、格言を思い出した。
老舗って、本当に勉強になる。
素晴らしい思い出を胸に「二度と行かない」。
すがすがしいまでに、迷いのない、素直な気持ちだった。