三冠王の実力は?

いや、そんなオーバーな話じゃないんだが(笑)
垣根涼介「ワイルドソウル」。ワイルド・ソウル
大藪春彦賞吉川英治文学新人賞、そして日本推理作家協会賞
の三冠に輝いた話題作だ。史上初らしい。
賞獲ったから、必ずしも傑作というつもりはないけど、
各賞の受賞作とか並べてみると、それなりに重みが増してくる。


ここ最近、読んだ本だと、
大藪春彦賞福井晴敏が「亡国のイージス」で獲ってた。
福井晴敏は「終戦のローレライ」が吉川英治文学新人賞
日本推理作家協会賞は、おお、そうだ。光原百合の「十八の夏」。
この3賞受賞なんだから、やっぱりすごいことなんだな、とあらためて思う。単純?
亡国のイージス 上 (講談社文庫) 亡国のイージス 下(講談社文庫) 終戦のローレライ 上 終戦のローレライ 下 十八の夏
だが、そう思いつつ、実はしばらく積ん読本になってた。
最新作「サウダージ」が強烈な印象を残しつつも、
微妙に消化不良だったこともあって、微妙に手を出しそびれていた。
だが、失敗だったかも。もっと早く読めばよかった。
三冠だから三倍、とはいかないまでも、おもしろかった。
ああ、そんなこと周知の事実か…


戦後復興を目指す日本政府に、かつて騙され〝棄民として〟切り捨てられた人たちがいた。
詐欺同然にアマゾン流域に放り出された、ブラジル移民「アマゾン牢人」たち。
農耕がほとんど不可能な土地での開墾、厳しい自然や貧困との戦い…
苦しみ移民たちに目もくれず、放置した日本政府と外務省移民局。
時を経て、その移民の系譜が、日本政府に復讐を果たすべく立ち上がる。


正直、ヘビーな作品でもある。
序盤、アマゾンで苦しみながら死んでいく移民たちの話は、
ほとんど実話に近いレベルと想像できる。
胸が苦しくなり、いわゆる無責任な〝お役人ども〟に心からの怒りを覚える。
ただ、この小説、バランスは悪くない。
新聞やテレビの、役人=悪、一般人=善、みたいな単純な図式にはしない。
もう少し掘り下げた、フェアな切り口は、なかなか気持ちがいい。
モラルハザードは、役人だけが特殊なんじゃない。
一般的な意識が、特殊な地位の人間のところで、具現化してるだけ。
そんな指摘をにおわせ、微妙なさじ加減で役人を斬ってみせる。


また、作中、ニュースキャスターが、
いかにもの紋切り口調でモラルハザードを嘆いてみせる。
「いつから、この国はこんなになってしまったのでしょう」とのたまう。
主人公たちがつぶやく。「昔からだ」。
ここらへんもなかなかのセンスだと思う。


だが、そんなことよりもずっと印象的なのが、
その苦しみ、もがき、墜ちていく男、衛藤を取り巻く、ブラジルの人々の描写だ。
困っている人を見たら、放っておけない。
苦境にあっても、もっと困った人たちを見れば、救いの手をさしのべる。
その、何の気取りもないさりげなさ。すごく胸を打たれる。
ここでまた、泣いてしまう。電車で読むのはホント、お勧めしない。


後半の復讐劇の主役となるのは、アマゾン奥地で両親を亡くしたケイ。
南米人特有のおおらかさと、冷酷な実行力で、
途方もない復讐計画を推し進める。
テレビ局の報道部に務める、井上貴子との恋愛模様も、
生々しくて、みっともなくって、それでもどこかロマンチックだ。
青い桔梗の花が、ちょっといい感じで使われている。
花言葉「変わらぬ愛」。
迫力あるストーリー展開との、微妙なマッチングで小説の魅力を膨らませている。
サウダージ」でも感じた、車マニア的な描写が、
少々濃厚すぎるのには手を焼くが、エンタテイメントの醍醐味は存分に味わえる。


さて、その復讐は読んでのお楽しみ。
すごくフェアに復讐する。だからこそ、エンタテイメントなんだろうけど。
これで許せるのか、許せないのか、は、
実際にその艱難辛苦を乗り越えてないと、本当の答えは出ないはずだ。
でも、あえていうなら、生ぬるい、かも。
僕ならもっとこっぴどくやるだろな、などと思ってしまった。
これはハリウッド映画の見すぎ。ちょっと反省しつつ、本を閉じた。