ベヴァリー・スワーリング「ニューヨーク」

重さと値段ほどには…



何か、つかみどころのないタイトルだ。
ちなみに以前「ロンドン」という上下巻の大作があったが、
同じ集英社で出している、というだけで全然関係ないらしい。
ロンドン (上) ロンドン(下)
オビには「ある治癒者一族の光と影の歴史」
原題は〝CITY OF DREAMS
-A Novel of Nieuw Amsterdam and Early Manhattan-〟
ここらあたりでようやく、何の本か見えてくる。
17世紀後半、ニュー・アムステルダム時代のマンハッタンに、
オランダから移り住んだ、英国人の兄妹。
兄ルーカスは外科、妹サリーは薬剤師。
まだ、外科-surgeon-が「外科医」ですらなく、
理髪師と同じカテゴリーに分類されていた時代だ。
いわゆる理髪店の、赤と青の看板にその名残を残しているのは有名な話だろう。


小説は、マンハッタンがニューヨークとして発展していく様を、
アメリカ独立の時代まで追いながら、
それと平行して、外科や薬学が発展していく歴史を描いていく。
信仰や習慣に端を発する誤謬がうずまく時代から、
さまざまな医療行為の試行錯誤などが重ねられ、
近代医学らしきものに近づいていく姿には、エグい描写も交じるが、非常に興味深い。


その語り部が、ルーカス、サリーのターナー兄妹の子供や孫たちとなる。
ネイティブ・アメリカン(当然文中ではインディアン、原住民となってるが…)や、
黒人奴隷らとともに、移ろいゆくマンハッタンの様子を、
生き生きと(いや、実際の様子を知っているわけではないが)描いている。
また、ウォール・ストリートの誕生など、
ロウワー・マンハッタンのエピソードなどは、NY好きにはたまらないかも。


一方、医学の発展に寄与する一族の系譜、とか聞くと、
偉人伝めいたイメージもあるが、あんまりそうでもない。
途中、娼館とか経営しだすし…
一代目のルーカスからがして、官能的な人妻を手に入れるため、妹を売り飛ばす。
信じられないようなアホだ。何考えてるのか、って、ひたすら人妻のことだな(笑)
そんな感じで、なかなか波瀾万丈な家族年代記が展開される。
だから、あんまり重厚な歴史小説チックじゃない。
むしろ、G・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」に通じている。百年の孤独
ちなみに、同じような名前が子供や孫に次々つけられ、
誰が誰だか混乱するあの名作よりは、混乱の度はだいぶ少ないので、ご安心を。
家族年代記といえば、
フランシス=フォード・コッポラの「ゴッドファーザー」シリーズだってそうだ。
独特の味わいのあるジャンルだと思う。名前覚える苦労さえなければ…


小説自体の出来としては、かなり悪くない、と思う。
終盤多少息切れするが、2段組600ページ強のボリュームを、そう長く感じさせない。
同じくニューヨークを舞台にする、
スティーヴン・ミルハウザー「マーティン・ドレスラーの夢」マーティン・ドレスラーの夢
などとカタルシスの度合いを比べるのは、時代の違いもあり、やはり酷だろうが、
決して大きく劣るわけでもない。魅力的なキャラクターもいるし。
マーティン・スコシージの「ギャング・オブ・ニューヨークギャング・オブ・ニューヨーク [DVD]
ならいい勝負かもしれない。まあ、ちょっとジャンル違ってきてしまうが。


この小説で問題を挙げるとすれば、重さと値段だろうか。
とにかくかさばるんで、持ち歩くの、すごくだるい。読んでると腕重くなるし。
で、値段は6300円。どうなんだ。
学術書ならわかるが、あくまでエンタテイメントでこの値段はな。
人に勧めるか、と効かれたなら、「家族年代記みたいなの、お好きなら…」だろう。
誰にでも、自信を持って勧めるには、多少実力不足も否めなかった。