光原百合「十八の夏」に泣いた。

あの、香りですな…

十八の夏 文庫判はISBN:4575509477
表題作が2002年の日本推理作家協会賞(短編部門)受賞作。
2003年の「このミステリーがすごい」も6位だ。
いや、文庫化されて、初めて読んだ自分が、遅れてるのは承知の上だが、
読んでよかった、としみじみ思った。


右の画像の金木犀を始め、アサガオ夾竹桃ヘリオトロープ
花をモチーフに使った短編4編がおさめられてる。
推理作家協会賞といっても、そのスタイルは、
いわゆるミステリーといった趣ではない。
加納朋子の「掌の中の小鳥」掌の中の小鳥 (創元推理文庫)
などのように、小説のスパイスとして、ちょっとしたトリックが使われる。
むしろ、トリックだけ取り上げれたならば、
本格推理ファンは「なってない」とかいうのかも…


だが、そのストーリーを彩る、ちょっとしたエピソードがさえている。
というか、その繊細で優しい描写が、いちいち泣かせる。
ヘリオトロープの「兄貴の純情」も、トリックは…だが、
キャラクターの人物造型で、すごくいい味が出ている。
これ、きょうのタイトルに使ったトコ♪なんだが、
通知表に「決断力はあるが、判断力はない」と書かれる兄貴。
才能のない、貧乏劇団員。その男の「純情」が描かれる。
簡単にいえば、ある女性に惚れて、人が変わる。
その純情ぶり、そしてその純情が語らせる言葉、そして、一世一代の演技。
もう、泣かせるったらない。


珠玉の一遍を挙げるなら、金木犀がモチーフの「ささやかな奇跡」。
幼い長男を残し、妻に先立たれた男が、書店経営の女性と出会う。
その書店の特色は、こだわりの品ぞろえだけではない。
こころをこめた手作りのPOPが、並べられる。
「この本の105ページを立ち読みしてみてください」。
その本のよさを、力いっぱい訴えかける。
POPといえば、テリー・ケイ著「白い犬とワルツを」白い犬とワルツを (新潮文庫)
の出版数年後の大ブレイクが、記憶に新しい。
手作り〝っぽい〟のも合わせ、書店の有力な宣伝メディアとなり、
最近では商売のテイストが強くなった感もあるが、
こうして小説の小道具に使われると、なかなかキュンとくる。


喪失の哀しみを知った二人が、少しずつ愛を紡いでいく。
そのストーリー自体はありふれているかもしれない。
だが、過程のその優しい描き方。
そして、息子を始めとする、周辺人物の使い方。
テクニカルないやらしさを感じさせずに、強く感情に訴えかけてくる。


もちろん、アサガオの「十八の夏」、夾竹桃の「イノセント・デイズ」も抜群だ。
1編あたり、2ないし3回は泣ける。泣きすぎか?
「十八の夏」は、まあどちらかというと、あの夏の切ない思い出、という感じ。
「こうなって欲しい」という願望が、どう無意識に行動に表れるのか、
ある女性の、アサガオの飼育を通して、語られていく。
「イノセント・デイズ」なんか、中盤ややだれるが、
終盤ちょっとゾッとし、最後はすごくキュンときた。
未読の方、ぜひ、読んで欲しい一冊だ。