シネマート新宿で「幻影師 アイゼンハイム」

mike-cat2008-05-28



“すべてを欺いても手に入れたいもの、それは君。”
スティーヴン・ミルハウザーの同名短編を、
「Interview with the Assassin」ニール・バーガー脚本・監督で映画化したサスペンスドラマ。
主演は「ファイト・クラブ」「アメリカン・ヒストリーX」エドワード・ノートン
共演は「サイドウェイ」ポール・ジアマッティに、
「テキサスチェーンソー」ジェシカ・ビール
そして「トリスタンとイゾルデ」ルーファス・シーウェル


19世紀末のウィーン。
かつて公爵令嬢ソフィとの恋を引き裂かれた天才幻影師アイゼンハイムはある日、
皇太子レオポルドの婚約者として劇場に訪れたソフィとの運命の再会を果たす。
だが、いまも立ちはだかる階級の壁、
そしてソフィを巻き込もうとする政略結婚の罠…
レオポルドは子飼いの警部ウールにアイゼンハイム潰しを命じるのだが―


そういえば、米公開は同じくイリュージョンを使った、
ヒュー・ジャックマンクリスチャン・ベイル主演作「プレステージ」と、
ほぼ同じ時期だったような気がするが、やはり日本では競作を避けたのだろうか。
ただ、イリュージョンそのものに焦点を当て、
強烈なライバルの争いを描いた「プレステージ」に比べ、
こちらは同じイリュージョンでも微妙に文芸色が強い印象だ。
まあ、出演陣を見渡せば(ジェシカ・ビールはともかく)、文芸作品っぽい面々だ。
ノートンにジアマッティ、シーウェルの演技は見事としかいいようがない。
ただ、ミルハウザーの原作は短編で、中身はイリュージョン中心。
映画のストーリーを構成するもろもろのドラマは映画用の“脚色”らしい。
そこらへん、ミルハウザーのファンがどう観るか、はやや微妙かもしれない。


作品としては、その映画用の“脚色”となるドラマで魅せる。
もちろん、イリュージョンの美しさはため息が漏れるほどだが、
そのイリュージョンがむしろドラマをもり立てる道具になっている感はいなめない。
アイゼンハイムとソフィの悲恋や、ハプスブルグ家の凋落、
そして、どことなく憎めない皇太子のお抱え警部ウール…
そういったあたりは、非常にバランスよく、印象的に描けている一方、
映画そのもののイリュージョン性にあまり力が入っていないのだ。


ドラマ重視の脚本に仕上げてしまったせいなのだろうか、
映画そのもののカラクリが、やたら序盤から丸見えになってしまうのだ。
だから、スリリングでサスペンスフルなはずの場面が、やたらに安心して観られる。
わかりきった話の結末に向け、どう進んでいくかぐらいしか、ドキドキできない。
そのわかりきった結末でのジアマッティの演技が、
サスペンスとしての平坦さをうまくドラマに昇華してしまう部分はあるのだが、
何となく物足りないような気がするのも確かなのである。


スレた視点で観たつもりはないのだが、結論としては、
ドラマのレベルの高さに比べ、ちょっとサスペンスとしての偏差値が低いのが残念。
比べるのはヘンかもしれないが、
同じイリュージョンなら「プレステージ」に軍配という気がしてしまうのだ。