歌舞伎町・新宿アカデミーで前夜祭「ノーカントリー」

mike-cat2008-03-14



“世の中は計算違いで回る”
作品賞、監督賞、脚色賞、助演女優賞と、
4部門を受賞した、ことしのアカデミー賞最大の話題作。
オスカー受賞監督は「ビッグ・リボウスキ」「ファーゴ」のジョエル&イーサン・コーエン
「すべての美しい馬」のコーマック・マッカーシーによる、
原作サスペンス「血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)」をコーエン兄弟が脚色。
撮影監督は多くのコーエン兄弟作品に加え、「ショーシャンクの空に」
「ジェシー・ジェームズの暗殺」「告発のとき」ロジャー・ディーキンス


出演は「告発のとき」の公開も待ち遠しい、“宇宙人ジョーンズ”こと、
「逃亡者」「メン・イン・ブラック」トミー・リー・ジョーンズ
「グラインドハウス」「アメリカン・ギャングスター」のジョシュ・ブロリン。
不条理で非情な殺人鬼を演じ、オスカーを獲得したのは、
「夜になるまえに」「海を飛ぶ夢」ハビエル・バルデム
「ナチュラル・ボーン・キラーズ」「ラリー・フリント」ウディ・ハレルソンらも出演している。


1980年、メキシコ国境沿いのテキサスの荒野。
ハンティング中に銃撃戦の現場に出くわしたルウェリン・モスは、
凄惨な死体が転がる中に、麻薬取引の資金と思わしき200万ドルを見つける。
持ち逃げを目論んだモスだが、組織が雇った非情な殺し屋に追われる身に。
捜査に乗り出した老保安官エドトム・ベルは、
理解の範疇を越えた凶悪さに戸惑いながら、事件を追うのだが…


戦慄を覚えるほどのバイオレンスと、複雑な余韻を残すドラマ…
なるほど、オスカーの主要部門独占も納得のグッとくる作品だ。
原題は“No Country For Old Man”
麻薬の資金を持ち逃げする男と、それを追う殺人鬼。
その壮絶な逃避行と追跡が次々と生み出す悲劇と死体…
不条理で残酷な混沌と化した世界を、ジョーンズ演じる保安官が思い悩む。
「もう、住めるところじゃない」


そんな不条理さ、残酷さの象徴として登場するのが、
オスカーのスピーチでもバルデムが自ら揶揄した「ヘンな髪型」の殺し屋。
「身体の幹をイメージした」という不気味な巨躯を、
音もなく揺らし、獲物を次々と仕留めていくアントン・シガー。
恐怖を超越し、思わずシュールな笑いすら誘うその殺し屋像は、
映画史上に残る悪役のひとりとして、語り継がれるに違いない。
スペインの名優バルデムの存在感は、強烈そのものだ。


その不条理さをまともに受け止めるのが、ベル保安官。
無情さ、脱力感を感じさせる終盤の展開、
唐突ささえ感じさせるラストに、ジョーンズの演技が深みを与える。
謎めいたラストが示すのは、
温かな“どこか”へのかすかな希望か、
それともこの世界に対する絶望と諦観なのか―
その曖昧さが、何ともいえずこころに響いてくる。


ディーキンスの映し出す陰影に、あえて静寂を強調した音響効果も抜群。
「ファーゴ」や「ブラッド・シンプル」「ミラーズ・クロッシング」にも似た、
いかにもコーエン兄弟らしいノワールな雰囲気の逸品。
何があろうと必見、な作品といっても、言い過ぎではないはずだ。