森見登美彦「太陽の塔 (新潮文庫)」

mike-cat2007-10-14



日本ファンタジーノベル大賞受賞作〟
夜は短し歩けよ乙女」の森見登美彦デビュー作。
〝失恋を経験したすべての男たちと
 これから失恋する予定の人に捧ぐ〟


〝何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。
 なぜなら、私が間違っているはずがないからだ。〟
京都の街をのたくる〝私〟の毎日は、
手ひどい失恋を味わわされた水尾さんの観察。
あの岡本太郎の手による太陽の塔をこよなく愛する彼女。
だが、そんな彼女を見守る〝私〟を見守るもう一つの目…
クリスマスファシズムの吹き荒れる、
京都の街を舞台に、〝私〟の妄想がひた走る―


疾走する妄想を描かせたら当代屈指の作家が、
デビュー作から疾走していたことがよくわかる佳作である。
男だけのフォークダンスに踊り狂う、ボンクラどもは、
夢をなくしちまった男、飾磨大輝に、
鋼鉄製の髭にまみれた心優しき巨人、高薮智尚、
そして法界悋気の権化、井戸浩平…
妄想だけで生きているような輩が、次々と登場する。


そのマドンナたる水尾さんも一筋縄ではいかない。
〝彼女は知的で、可愛く、奇想天外で、支離滅裂で、
 猫そっくりで、やや眠りをむさぼり過ぎる、
 じつに魅力ある人間なのだが、残念なことに一つ大きな問題を抱えている。
 彼女はあろうことか、この私を袖にしたのである。〟
その大きな問題をめぐり、京都の街を騒がす〝私〟と、もう一人。
ストーカーと、そのストーカーが織りなす、愛憎の地獄絵図は、
どこか捩れた世界を、おもしろおかしく描き出す。


もちろん際立っているのは、〝私〟のボンクラぶり。
やや長いが、引用してみる。
〝私はもっと評価される時代に生まれるべきだった。
 彼らは間違っていて、私こそが正しい時代。
 そんな時代に生まれていれば、向かうところ敵なく、
 アッという間に人心を掌握し、酒池肉林で自由自在、
 銀行預金は見る間に膨れ上がり、
 やがてはゴルディオスの結び目を一刀両断にして、
 アレキサンドロス大王にも不可能だった
 世界征服への梯子を駆け上れたというのに……
 そんな妄想を弄びつつ、私は京都の冬の日々を一日一日と刻んでいた。〟
まさしく、アホそのものである。


そして、そんな〝私〟たちのイコンたる太陽の塔
〝「つねに新鮮だ」
 そんな優雅な言葉では足りない。
 つねに異様で、つねに恐ろしく、
 つねに偉大で、つねに何かがおかしい。
 何度も訪れるたびに、慣れるどころか、ますます怖くなる〟
それが、「芸術は爆発だ!」の岡本太郎の真髄。
妄想も爆発するこの作品を、うまく象徴している存在でもある。


失恋と、その再生というストーリーラインも、
まとまりがなかなかよくって、うまくやったもんだと感心させられる。
すでにブレイクした作家をいまさらこう評すのも何だが、
のちのちの可能性をあらためて感じさせる作品である。
ホント、後出しジャンケンもいいところだが…


Amazon.co.jpまひるの月を追いかけて (文春文庫 お 42-1)