なんばパークスシネマで「怪談」

mike-cat2007-08-07



〝ずっと、ずっと、ずっと、あなただけ。〟
三遊亭円朝の名作落語「真景累ケ淵 (岩波文庫)」を、
「リング」「仄暗い水の底から」中田秀夫が映画化。
下総国累ケ淵にまつわる、
哀しき因縁に翻弄される男女の愛憎を描く。
主演は「犬神家の一族」
「京鹿子娘二人道成寺」尾上菊之助
共演に「失楽園」、「仄暗い〜」の黒木瞳と、
「ゲゲゲの鬼太郎」、TVドラマ「花より男子」井上真央
「カンゾー先生」「夕凪の街 桜の国」麻生久美子ら。


深川で商売を営む、美しい容貌の煙草売り、新吉=尾上菊之助はある日、
歳上の小唄の師匠、豊志賀=黒木瞳と偶然出会い、互いにひと目で恋に落ちてしまう。
実は切っても切れない因縁に結びつけられていたふたりは、
いつしか関係を持つが、ふたりの関係をよく思わない周囲の圧力と、
豊志賀の嫉妬深さが災いし、別れ話の修羅場へと発展する。
時同じくして床に伏した豊志賀を疎ましく感じた新吉は、
小唄のお弟子でもあるお久=井上真央と、しばしの時を過ごす。
だが、豊志賀は病が悪化し、ついに臨終を迎える。
「このあと、女房を持ったら、必ずやとり殺す」との遺書を残して…


かつて日本映画の十八番のひとつだった怪談話を、
いまや世界ブランドともなった、ジャパンホラーの旗手が映画化、である。
なかなか粋というか、その心意気だけでも買いたいところ。
歌舞伎界から尾上菊之助を招くなど、豪華なキャストを取りそろえた上、
そこかしこに気の利いた演出も随所に見受けられるし、
セットだけでなく、小道具にまできちんと製作費をつぎ込み、
格調高い映像美を創り出したあたり、もうそれだけでまあ及第点の映画ではある。


だが、この映画何となく中途半端なのである。
哀しき因縁を発端にした、情念の物語のはずなのに、
何だかどろどろした愛憎が感じられないというか…
おそらく、脚本の書き込み不足が最大の原因だと思うのだが、
作品全体のトーンが非常にマイルドに仕上がってしまっている。
本来、かわぐちかいじの名作「アクター」での四谷怪談のような、
愛欲と情欲でぐっちゃんぐっちゃんな感じにしない限り、
本当の情念も、本当の愛も描けないはずなのだが、
この映画のマイルドさでは、女たちに化けて出るほどの執念が読み取れない。


別にヌード目当てで観に行ったわけではないのだが、
瀬戸朝香も含め、これだけ女優を潤沢に使って、
男女の愛憎を描いておきながら、とにかく描写がソフト過ぎる。
いや、井上真央のヌードは無理だろうが、
黒木瞳(これはもう見たくないが…)や、麻生久美子の濡れ場ぐらい、
きちんと色っぽく、そして艶めかしく描いてくれないと、
わざわざこの主題で映画を撮るだけの必然性を感じないのだ。


尾上菊之助演じる、新吉のろくでなしぶりはなかなか評価できる。
豊志賀の妹、お園を演じた木村多江がうまく表現していたが、
菊之助の「雨に濡れてる子犬」のような目には、
なるほど女たちがほだされ、ついつい惹かれてしまうのも理解できる。
それでいて、次から次へ女と見れば色目を使う、女たらしぶり。
誰にでも優しく、でも、誰にでも冷たい、典型的な自己愛の塊。
優しい顔をした、かなりたちの悪い悪党を、巧みに演じている。


ただ、それはあくまで菊之助の雰囲気と、演技によるもの。
あれだけ菊之助が悪党らしい風情を醸し出しているのに、
ストーリーを追って、新吉の行いの一つ一つを取ってみると、
いまいち業の深さが感じられないというか、どうにも物足りないのだ。


それは一方の女性陣にもいえることだ。
豊志賀を演じる黒木瞳は、パッと見、いかにも化けてでそうなイメージ。
(年齢を感じさせない容貌は、すでに〝化け物〟といっても差し支えないが…)
でも、この作品での豊志賀からは、化けて出るほどの執着が感じられない。
単純な自己愛はかなり強そうに見えるのだが、
男をくわえ込んで離さないような、強烈な所有欲や嫉妬心は、
映画の文脈上では読み取れても、演技そのものからは匂ってこない。
ポスターのコピー、〝死んでも、愛してる〟には、遠く及ばないのだ。


井上真央のお久にしてもそう。
彼女が生来持っている、オンナのしたたかさみたいなのは感じられるが、
このストーリー上でのお久が担う役割ほどは、強烈なものはない。
化けて出るなら、むしろ豊志賀、新吉の因縁に巻き込まれた、
お累を演じた麻生久美子の方が、ずっとずっとお似合いな気はする。
映画秘宝」のインタビューによると、
石田ゆり子奥貫薫と並ぶ3大薄幸女優に選ばれたそうだが、
それも納得できるような不幸のオーラには、思わずグッと引き込まれる。
とはいえ、お累はあくまで被害者の側に過ぎない。
麻生久美子だけでは、作品そのものの大きな弱点を補うことはできない。


そんなこんなの不満が積もり積もって、哀しき因縁を描いたはずの作品が、
あの世に行ってまで周囲を巻き込む、単なる「迷惑なふたり」の映画に思えてくる。
そして、エンドクレジット。
何の脈絡もなく流れる、浜崎あゆみによる主題歌がまた違和感を増幅させる。
製作委員会にエイベックスが加わっているから仕方ないのだが、
どうしてこの映画に浜崎あゆみなのか、全然わからない。
(別に浜崎あゆみその人には文句はないのだが…)


こういう映画を観終わって、
必ず頭に浮かぶのは「もう少し、作りようがあったはずなのに…」
女優陣のメンツを入れ替えてでも、
もっと愛憎ドロドロで、化けるもやむなし、な映画を作って欲しかった。
(もっといいのは、井上真央ちゃんも濡れ場アリで、だが…)
ソフトで、マイルドな半端怪談に、
きんきんに冷えるはずの肝も、何だか生ぬるくなってしまったのだった。