梅田・三番街シネマで「消えた天使」
〝2分に1回、快楽犯罪が生まれる
犯人は人間なのか──。〟
「ディパーテッド」としてハリウッド・リメイクされた、
香港ノワールの傑作「インファナル・アフェア」の、
アンディ・ラウ監督によるハリウッド進出第1弾。
性犯罪者の登録、公開を義務付けたミーガン法を題材に、
多くの性犯罪者に脅かされる米国社会を描く社会派サスペンスだ。
主演は「シカゴ」、「プリティ・ウーマン」のリチャード・ギアと、
「ロミオ&ジュリエット」、「ターミネーター3」のクレア・デインズ。
荒涼とした荒れ地が広がる、ニューメキシコ州アルバカーキ。
性犯罪履歴者を監視する、公共安全局のベテラン監察官エロル・バベッジは、
強い使命感に駆られての強引な手法が祟り、解雇同然の退職を目前にしていた。
後任のアリスン・ラウリーの指導を任されたバベッジは、
その強引な手法をアリスンに見せつけ、逆に反発を買ってしまう。
そんな折、若い女性が突然、消息を絶った。
自らが監視する登録者に犯人がいると考えたバベッジは、さっそく捜査に乗り出したが―
夏休みの大作真っ盛りの中で、ひたすら地味に思える公開だが、
この作品、なかなか侮れないダークホース的な秀作であるといっていい。
アンディ・ラウが描くノワールな雰囲気と、社会派の視点がマッチし、
非常に陰惨な題材にも関わらず、ウェルメイドなサスペンスに仕上がっている。
際立っているのは、ギア演じる主人公バベッジのキャラクターだろう。
性犯罪の犠牲者を悼み、そしてそれ以上に性犯罪者を憎む監察官。
過去の失敗を引きずりながら、性犯罪履歴者たちの追及するバベッジは、
取り憑かれているかのような情熱で、事件にぶつかっていく。
お役所仕事の周囲から浮き上がる姿は、異様とも思える印象を振りまく。
そんなバベッジが抱える内面の葛藤がまた、味わい深い。
ニーチェの「善悪の彼岸」から、あのあまりに有名な言葉が引用される。
〝怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。
おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。〟
鬼気迫る情熱の裏には、怪物たちに引き込まれそうな怯えもあるのだ。
深刻な社会問題でもある、性犯罪者の取り扱いにも、
もちろんきっちりとフォーカスが当てられる。
1人の監察官が1000人もの性犯罪履歴者を抱える現状や、
あくまで役所に過ぎない公共安全局内でのさまざまな温度差、
実際の犯罪の捜査に当たる警察との軋轢などなど、
問題の根の深さとともに、対処の難しさがひしひしと伝わってくる。
そんな現状だからこそ、字面だけの法律ではなく、
あくまで「人間の法」として、犠牲者のために立ち上がるバベッジの姿が頼もしい。
もちろん、現実の監察官が同じ行動を取れば、
問題となること間違いなしだが、それくらいの気概と多少のやり過ぎなしには、
新たな犠牲者出現を食い止めることはできないはずなのである。
はじめはバベッジに懐疑的だった新人監察官アリスン=デインズも、
彼の抱える葛藤や、その鬼気迫る情熱に打たれ、
事大主義の同僚たちではなく、バベッジと同じスタンスに変わっていく。
そんなドラマも、なかなかに魅せる構成になっているのだ。
ギアとクレア・デインズの演技もさることながら、
「アナコンダ2」、「THE JUON/呪怨」のケイディー・ストリックランドも、
うるんとした瞳で、なかなか印象的な演技を見せている。
ただ、話題のアヴリル・ラヴィーンはやや肩透かし。
アヴリル目当てで観に行くことは、とてもじゃないがお勧めできない。
何はともあれ、意外な掘り出し物というか、うれしい誤算。
考えてみれば、アンディ・ラウにリチャード・ギアなんだから、
そうそうハズレのはずもないといえばそうなのだが、
三番街シネマなんていう、いわば2線級映画館での公開だと、
どうにも観る前から気持ちが萎えてしまうせいか、期待は薄だったのだ。
まあ、この三番街シネマも、この秋統合されるらしいので、
このうらぶれた雰囲気の中で映画を観るのも最後なのかもしれない。
こういう秀作で、記憶を締めくくれるとすれば、それもまたよし、なのだ。