マーク・ジェンキンズ「大冒険時代―世界が驚異に満ちていたころ 50の傑作探検記」

mike-cat2007-07-24



〝過酷な砂漠や峻峰、エキゾチックな風習、
 息をのむ絶景、楽園の生活…
 いまではもはや味わえない旅のスリルとロマンを凝縮!〟
20世紀前半―冒険がもっとも冒険らしかった時代の、
「ナショナル・ジオグラフィック」から、50の旅行記をセレクト、
当時の写真や地図などをまじえた豪華な1冊に仕上がっている。
20世紀前半、まだまだ秘境だったアフリカに中南米のジャングル、
中近東の砂漠に極東の辺境、南極大陸成層圏、深海など、
いまでは征服されてしまった「冒険の地」が、
当時の記事で甦る体験は、なかなか味わい深く、そして楽しい。


世界の果てが砕け散る―サンフランシスコ大地震と地質学の大発展」、
クラカトアの大噴火」のサイモン・ウィンチェスターによる序文が目を引く。
〝そう遠からぬ昔まで強烈な動機だったロマンは、
 現代の旅行にはひとかけらも残っていない。
 そして冒険ももはや、ごく特殊な旅を除いて大切な要素ではない。
 つまり、本や記事を読んでそれに魅せられた私たちを駆りたてた
 ふたつの動機はすでに、大多数の人間が今日することができ、
 また実際にしている旅行にとっては、最強の動機ではなくなっている。〟
一種の寂しさを漂わせつつ、冒険に心躍らせた昔への郷愁を謳い上げる。


続いて、「ナショナル・ジオグラフィック協会」の歴史研究員を務める、
編者マーク・ジェンキンズによる、「本書の紹介」。
同誌の歴史とともに、紙面を飾ったライターたちの紹介、
当時の記事のダイジェストに編者の解説を加えた、この本の構成。
そして、時代の変化の中で変わってきた、さまざまな冒険の形について。
50の冒険への気持ちが、ますますかき立てられていくのだ。


第1章は「冒険の大地、アフリカ」
トップを飾るのは、何とアメリカの26代大統領、
セオドア・ルーズヴェルトによる「アフリカの野蛮人間と野生動物」だ。
非西洋文明=野蛮人の図式が成立した、それこそ野蛮でのどかな時代。
いまとなっては悲鳴を上げてしまいそうな、ライオン狩りが生々しい。
ほかにも「赤道アフリカでのゾウ狩り」に「ツタンカーメン王の墓で」、
リビア砂漠縦断」や「カイロからケープタウンまで、陸路を行く」など、
未踏の暗黒大陸を行く、失われたロマンをぷんぷんと味わせてくれる。

第2章は「ロシア帝国の周縁で」
「ダゲスタン高地 歴史の海に浮かぶ島」で訪れるのは、
黒海カスピ海に囲まれた陸の孤島カフカス山脈
中央アジアの大砂漠を行く〜アフガンの国境、ペルシアの辺境」では、
外国人立ち入りを禁じていたアフガニスタンへの、危険な旅行の様子を綴る。
そして、極寒の地に何度となく送り込まれた男の手記、「極北シベリアの流刑者」。


第3章は「中東、イスラムの風景」
「ペルシアの隊商のスケッチ」は、古きペルシャの最期の日々を綴り、
「灼熱のハドラマウトへ」は、岩だらけの台地に隠された都市を描く。
「非イスラム教徒、メッカ巡礼」には、いまの時代にも通じる、
イスラム世界との隔たりが、読み取れて、なかなかに興味深い。


第4章「混迷の中国辺境地帯」では、
「黄色いラマ僧の国〜孤高の地理学者見聞録」は、
〝世界一のつむじ曲がり〟ジョゼフ・F・ロックが訪れた、中国辺境のリポート。
「地中海から黄海まで――自動車によるアジア大陸横断の旅」は、
マルコ・ポーロ以来はじめてと謳われた、陸路による大陸横断の様子。
ゴビ砂漠の探検」は、恐竜の卵など数々の化石を発掘した旅の様子を伝える。


第5章「ヒマラヤの王国」では
英国統治時代の「インドのトラ狩り」や、
若きダライ・ラマを訪ねた「インドからチベットを越えて中国へ」、
軍人、養蜂家、ヤク飼いが挑戦した最高峰「エヴェレストの勝利」が、秀逸だ。


第6章「極東からのリポート」では、いよいよ日本も登場。
1896年に三陸地方を壊滅状態に陥れた、
〝ツナミ〟をリポートした「日本沿岸を襲った津波」に、
日本軍進出で一触即発の事態を迎えていた「満州の日々」。
海南島、ロイ山地のビッグノットたちに囲まれて」では、
首狩り族や病気の恐怖に怯えながらの、探検家の日々が語られる。


第7章は「魅惑の熱帯、マレー半島」。
スマトラ自動車旅行」は火山の多い高知をめぐる危険な旅。
「世界の果て、ニアス島」では、アラブの船乗りが「黄金の島」と呼んだ島へ、


第8章「アラスカ、未知の山岳風景」では、
かつて北米大陸の最高峰と考えられていた山へ挑む「1890年のセント・イライアス探検記」と、
アラスカ半島未踏の地にあるカトマイ山の噴火による「一万本の煙の谷」への冒険が綴られる。

第9章は「南アメリカ、古いスペイン人の足跡」
「メキシコの古きスペイン街道をゆく」では暴力の時代が去ったばかりのかの地へ、
「馬に揺られてブエノスアイレスからワシントンDCへ」では、
米大陸を縦断する現代の「ドン・キホーテ」がその旅の道のりを綴る。


第10章は「アマゾン・オリノコ河の失われた世界へ」
「水上飛行機でアマゾン峡谷探検」では、新たなガジェットが切り開いた冒険の世界を、
「ジャングルの河川でアンデスイワドリの生息地へ」や、
「世界最大落差の滝をめざす密林探検行」では、
かのサー・アーサー・コナン・ドイルの「失われた世界」のモデルとなったギアナ高地へ。


第11章は「大海原へ」。
「大型帆船でホーン岬をまわる」はグレース・ハーウォーの危険な旅を、
「禁断の海岸を航行する」ではフランス領ソマリランド現ジブチ)のタジュラ湾を、
紅海の真珠採り」は、
スエズからボンベイまでの地域で最大の傑物といわれた海賊、アンリ・ド・モンフレイの物語。


最終章の「真空から深海まで――新しい冒険の舞台」は、
まさしく最後のフロンティアを追い求める、新時代の冒険の数々。
かのチャールズ・リンドバーグの妻、アン・モロー「北大西洋周辺調査飛行」、
ウィリアム・ビービの潜水球による「海の墓場への往復旅行――水面下九〇〇メートルへ」、
成層圏探査〜前人未踏の高度」は気球による、成層圏への挑戦。
そして、壮大な冒険の最後を締めくくるのは、
ナショナル・ジオグラフィック」を代表するライターでもあったルイス・マーデン。
「海中のカメラ〜バウンティ号のしかばね」では、
ジャック=イヴ・クストーカリプソ号との冒険や、
バウンティ号の叛乱で知られる船の残骸を探す。


まるで子どもに戻ったような気持ちで、
ただひたすら、そのロマンに酔う50の冒険。
600ページにも及ぶ大ボリュームの割に、
1つ1つの記事の抜粋が絶妙なせいか、あまり重さは感じない。
(もっとも、持ち歩くのは相当大変だが…)
とはいえ、一気読みせずに、大事に読み進めるのもまた一興だろう。
すぐに読まなくても、書架に1冊置いておきたい、珠玉の1冊なのだ。


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