マーク・ボウデン「ホメイニ師の賓客〈上〉―イラン米大使館占拠事件と果てなき相克」「ホメイニ師の賓客〈下〉―イラン米大使館占拠事件と果てなき相克」
〝アメリカvsイスラム過激派、積年の怨恨はここに起源する〟
50人を越える外交官らが444日間にわたって人質となった、
1979年のイラン米大使館占拠事件を多角的に再現した、
「ブラックホーク・ダウン」原作者による、渾身のノンフィクションだ。
〝劣悪な環境に囚われた66名の人質、カーター政権、
交渉者たち、郷愁に黙々と備える特殊部隊…
それぞれの過酷な444日間を、
「ブラックホーク・ダウン」の原作者が迫力の筆致で再現〟
「ヴィレッジ」、「クライシス・オブ・アメリカ」の、
スコット・ルーディンによる映画化も待たれる〝大作〟である。
舞台はイスラム革命から間もない1979年11月4日のテヘラン。
ホメイニ師に心酔する急進派のイスラム主義学生が、アメリカ大使館を占拠した。
人質は、ホメイニ師が〝大悪魔〟と呼ぶアメリカの外交官ら66人。
要求は、暴力的な圧政を続けてきたパフレヴィー前国王の引き渡し。
国際法を無視した暴挙にもかかわらず、曖昧な対応を続けるイラン政府。
地理的な事情と、人質の安全確保のため、手出しができないカーター政権。
無知と傲慢、さまざまな思惑と読み違いが錯綜し、次第に事態は収拾不可能に…
予想外の事件と、国際情勢の変化が、それに追い討ちをかける。
444日間という、異常な拘束期間を数えた、不可思議な事件の全貌を探る―
9・11以降、西洋社会とイスラム社会の対立は大きな問題として横たわっている。
〝多くのアメリカ人にとって、イラン人質危機はイスラム・ファシズムとの最初の遭遇だった。
そういう意味では、現在行われている世界紛争の最初の戦いだったといえる。〟
いまを読み解く、という意味でも非常に興味深いタイムリーな題材でもあるだろう。
だが、そうした要素を差し引いても、このノンフィクションは滅法面白い。
いまも生存する人質だけでなく、イランや米の政府関係者、そして〝犯人〟たち…
膨大なインタビューと取材をもとに、それぞれの視点からの事件が再現される。
〝犯人〟の学生たちの、世間知らずなロマンティシズムは、呆れるばかりだ。
銃をかまえて外交官を拘束し、それでも人道的と信じ込む無知蒙昧ぶりや、
ホメイニ師を始めとする、老獪な宗教指導者たちにいいように利用される愚かさ。
当時は英雄として祭り上げられた学生たちの、
実際の無様な行動ぶりや、事件後の微妙な境遇は、何ともやり切れない。
事件を境に、国際社会での孤立を深めたイラン政府の迷走ぶりも興味深い。
国民的ヒステリーのさなか、その国民と犯人を曖昧な言葉で操り、
悪戯に事態の混迷させていった、そのある種異常ともいえる方向音痴ぶり。
事件が現在のイランにもたらしたものを見れば、そのツケはあまりに大きい。
一方で、多くのページを割いているのが、人質たちの人間模様だ。
言葉すらろくに通じない環境で、孤立し、恐怖に怯える毎日。
拘束者に擦りよる者あれば、徹底して相手を侮蔑し続ける〝勇気〟ある者も…
一律にスパイと決めつけられた代理大使やCIA局員、海兵隊員、そして政務官らが、
〝犯人〟たちとどう対峙し、救出までの時を待ち続けたかが、詳細に描かれる。
アメリカの政府に目を移せば、この事件がある意味政権の命取りにもなった、
カーター大統領の苦悩も、これまた興味深い題材として挙げられるだろう。
外交手段ではどこにも出口の見えない、まさしく迷宮のような状況で、
弱気にも映ったカーターの意外な姿が浮き彫りとなる。
ひとつのハイライトでもある、デルタ・フォースをめぐる顛末は、
当時はまだ懐疑的だった、特殊部隊の取り扱いが大きく変化させ、
アメリカ軍の方向性を変えた、エポック・メイキングなできごとだったことが窺われる。
何しろ人質だけで66人、さらに〝犯人〟たちに政府関係者、軍関係者…
登場人物の圧倒的な多さには、正直困り果てる部分もある。
下巻の巻末に人質たちのリストこそあるが、
登場人物の相関図があったら親切なのにな…、と感じるのも確かだ。
だが、そうした難解さを考慮に入れても、
一度読み始めたら止まらないほど、その迫力は、当時の世界に読む者を引き込む。
文体の中にアメリカ人としての怒りがひしひしと伝わるのは当然のことだろう。
それが、「ブラックホーク・ダウン」でソマリア人をエイリアンさながらに描いたのと同様の、
イラン人全般に対する蔑むような視点が感じられるのは、少々気になるところだ。
事件の根源はどこにあったかを考えれば、イランの政権に対する
「忌むべき腐敗した」「無能」「恥ずべき」という表現は微妙に冷静さを欠く気もする。
そこらへんは、多少読む側にも冷静さが求められる部分は否定できない。
ただ、何度も書いている通り、そうした瑕疵を考慮に入れても、やはりとてつもない傑作。
とっつきにくさはあるかもしれないが、読んで後悔することのない、特選の1冊である。
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