敷島シネポップで「主人公は僕だった」

mike-cat2007-05-20



〝男は悩んでいた。自分だけに聴こえる、作家の声に。〟
新鋭ザック・ヘルムによる話題の脚本を、
「チョコレート」「ネバーランド」マーク・フォスターが監督。
フォースターにとっては、前作「ステイ」に続き、
現実と空想が入り交じる物語となる。
主演は「奥さまは魔女」「プロデューサーズ」ウィル・フェレル
共演に「ハワーズ・エンド」「日の名残り」エマ・トンプソン
GW明けの、やや地味めな公開となったが、どうあっても見逃せない1本である。


ハロルド・クリックは、単調で平凡な毎日を送る国税庁の会計監査官。
毎日同じ時間に目覚め、同じ歯磨きの回数を数え、同じ歩数を数え…
同じことを繰り返すハロルドだったが、
ある日、耳に聞こえてきたのは、そのハロルドの行動をナレーションする声。
なぜかハロルドをよく知るその声は、ハロルドが?知るよしもない?運命を語る―
一方、10年にわたって新刊が出ない、大スランプの作家、カレン・アイフルは悩んでいた。
ようやく軌道に乗ってきた新作の執筆。
主人公の死で終わる物語だが、どうしてもラストのアイデアが浮かばない。
もちろん、その物語の主人公の名前は、ハロルド・クリックだった―


「マルコヴィッチの穴」「アダプテーション」「エターナル・サンシャイン」の、
チャーリー・カウフマンの脚本作品にも通じる奇抜な発想だが、
作品全体を覆うテイストは、より洗練された、といった印象だろうか。
(カウフマンの発想の突飛さには、やや負けるかもしれないが…)
作家が紡ぐ物語の登場人物が、そのまんま現実の人間だった、という、
奇抜なアイデアには基づいているが、描かれるドラマはとても繊細だ。
ともすればアイデアだけ膨らますだけ膨らませ、収拾がつかなくなりがちなラストも、
単なる予定調和に終わらせない、なるほど、という結末でまとめ上げる。
本当の人生に出会った男が、その人生をどう生きるか、という、
大きなテーマもさることながら、ちょこちょこと織り込まれる?主張?なんかも、
押しつけがましくなく、それでいて響いてくる、という巧さが光る。


描くべきところ、省くべきところを踏まえた、フォースターの演出手腕も絶妙だ。
凝ったカメラワークと、タイミングのいいカット割りで、
まさかの事態に陥ったハロルドの感情をうまく表現する。
もちろん、ウィル・フェレルの抑えた演技も、文句なしにいい。
系統としては、ウディ・アレン「メリンダとメリンダ」と同じ。
プロデューサーズ」や、全米大ヒット中の?Blades of Glory?みたいな、
大げさで強烈なコメディ演技も最高だが、こうしたじわじわと笑わせる演技も見事だ。
そんなハロルドの物語を綴るのが、ちょっと神経症気味の作家カレン。
こちらは英国生まれのエマ・トンプソンが、クドいくらいにスランプぶりを見せつける。
ウィル・フェレルの抑えた演技とは対称的だが、これがなかなかいいマッチングとなっている。


もちろん、豪華な俳優を取りそろえた脇役たちも、本当に素晴らしい。
最近でも「パフューム ある人殺しの物語」あたりで、
絶妙のコメディ役者ぶりを発揮するダスティン・ホフマンが、
ハロルドの相談相手になるちょっと風変わりな文学部教授を演じれば、
オスカーを席巻した「シカゴ」で強烈な個性を振りまいたクイーン・ラティファが、
存在感たっぷりの出版社の編集アシスタント役で、物語に彩りを添える。
あの名作「アマデウス」で、
エキセントリックなモーツァルトを演じたトム・ハルスも登場と、うれしい限りの顔が並ぶ。
だが、誰よりもこの映画に深い味わいを与えたのは、
ハロルドが惹かれる、無政府主義のパン屋さん、アナ・パスカルを演じたマギー・ギレンホールだろう。
「セクレタリー」以来、ひいきの女優なのだが、今回も抜群にいい。
アナの悪戯っぽい微笑みと、優しい眼差しは、
ハロルドとのロマンチックな恋の場面場面を、美しく輝かせてくれる。


シカゴを舞台にした、ひとつひとつの場面も、どこか幻想的で、印象深い傑作。
監督・脚本家・俳優のすべての力がそろってこそ可能な、忘れ難い作品だったと思う。
ネットなどで予告を観て以来、ずっとずっと心待ちにしていた作品だが、
その高い期待値にも関わらず、それをさらに上回ってくれた、うれしいサプライズでもあった。
ちなみに、注目のザック・ヘルムの次回作は、秋に全米公開の
初監督も兼ねる?Mr. Magorium's Wonder Emporium?。
主演にナタリー・ポートマン、共演にダスティン・ホフマンのファンタジック・コメディ。
マーク・フォースターの演出じゃないのは残念だが、ヘルムの演出も楽しみでならない。