梅田OS名画座で「こわれゆく世界の中で」

mike-cat2007-05-13



〝愛をこわす──
 それは、真実の愛へと至る、唯一の方法。〟
「イングリッシュ・ペイシェント」「コールド・マウンテン」の、
アンソニー・ミンゲラ最新作の舞台は、現代のロンドン。
原題は〝BREAKING AND ENTERING〟
ある不法侵入をきっかけに、ふたつの愛の間に揺れる男を描く。
主演は「リプリー」、「コールド・マウンテン」に続き、
ミンゲラ作品に3作連続で登場のジュード・ロウ
共演は「イングリッシュ〜」、「ショコラ」ジュリエット・ビノシュに、
「フォレスト・ガンプ」「プレッジ」ロビン・ライト=ペン。


再開発の波が押し寄せる北ロンドン、キングズ・クロス。
建築家のウィルが共同経営者を務めるのは、この地区の再開発を請け負うGE社。
犯罪多発地区でもあるキングズ・クロスの事務所が、度重なる不法侵入にさらされた。
頼りにならない警察をよそに、見張りを続けたウィルは、
犯人のボスニア難民の少年と、その美しい母、アミラにたどり着く。
私生活のパートナー、リヴとの結婚に踏み切れないウィルは、
家庭でのストレスから逃れるように、アミラに惹かれていくが―


〝BREAKING AND ENTERING〟にかかわる、
さまざまな暗喩を散りばめた、ミンゲラの演出が光る傑作である。
侵入するのは、ドラマの導入となる、直接的な不法侵入事件だけではなく、
あと一歩が踏み込めないまま、関係がギクシャクするウィルとリヴの互いの気持ちであったり、
精神を病んだ娘、ビーとリヴの母子の頑なな絆であったり、
戦火のボスニアを逃れ、夫と死に別れた孤独なアミラのこころに対してであったり、
荒廃したキングズ・クロスを呑み込もうとする大規模開発であったり、
そして、まわりくどい暗喩でこころを表にさらさないウィル自身であったり…
深く読んでいったら、いったいどこまで読み取らなければならないの!
となりそうな、数多くのほのめかしに満ちた、一種ミステリアスな雰囲気に包まれている。


しかし、そうした暗喩的な部分はさておいて、
自然なドラマの流れに身を委ねるだけでも、作品は豊穣な味わいに満ちている。
リヴとアミラの間を揺れ動く、どこか不安定で曖昧なウィルは、
ジュード・ロウの持ち味を最大限に引き出し、魅力的な主人公となっている一方で、
歳月を重ね、凜とした美しさがよりいっそう増したロビン・ライト=ペンや、
こちらも無邪気さと哀しさを兼ね備えた美しさが磨きを増したジュリエット・ビノシュも、
思わず「なるほど!」と叫んでしまいそうなほどのはまり役で、映画をもり立てる。


「ディパーテッド」での精神科医役が記憶に新しいヴェラ・ファーミガら、脇役陣にも印象深い演技派を配し、
多層的に描かれるドラマは、観る者をその世界にグイッと引き込む。
「猫が行方不明」「青いパパイヤの香り」の撮影監督、
ブノワ・ドゥロームが映し出す、変わりゆくキングズ・クロスの光景も忘れ難いし、
ミンゲラ作品ではお馴染みガブリエル・ヤーレアンダーワールドが担当した音楽も、
場面場面を際立たせ、ドラマに深みと奥行きを与えている。


ロビン・ライト=ペン、ジュリエット・ビノシュふたりの女優が魅せる、
ラストの演技の感動的なことといったら、もう涙がとまらないほど。
好きな監督に好きな役者、優れた脚本と独特の魅力にあふれた舞台と、
3拍子も4拍子もそろった作品は、当たり前だがこころをとらえて離さない。
いい映画だった、としみじみ感動しながら、梅田の雑踏へ身を投じたのだった。