広島はTOHOシネマズ緑井で「クィーン」

mike-cat2007-04-29



〝世界中が泣いた日、たった一人涙を見せなかった人がいた〟
女王エリザベス2世を演じたヘレン・ミレンが、
アカデミー主演女優賞を受賞したほか、
作品賞、監督賞、脚本賞など5部門でノミネート。
英国アカデミー賞ヴェネチア国際映画祭などでも絶賛。
〝1997年8月31日、ダイアナ元妃の突然の死。
 その時、王室に何が起こったのか〟
王室を揺るがした、ダイアナ元妃の死をめぐる1週間を、
精細なリサーチと、豊かな想像力で描ききる、王室の〝真実〟。


オスカーを含め38の映画賞で主演女優賞を手にしたというヘレン・ミレンは、
「カレンダー・ガールズ」「ゴスフォード・パーク」での印象深い演技だけにとどまらず、
TV作品でも先代のエリザベス1世を演じたことがあるなど、まさにうってつけ。
監督は「グリフターズ/詐欺師たち」「ハイ・フィデリティ」
そして最近では「ヘンダーソン夫人の贈り物」でその手腕を存分に発揮したスティーヴン・フリアーズ
脚本は「ラストキング・オブ・スコットランド」でも注目を集めたピーター・モーガンが手がけた。


チャーズルズ皇太子の不倫や、エリザベス女王との確執が囁かれる中、
16年の結婚生活に終止符を打ち、王室を後にしたダイアナ元妃は、
地雷撲滅やエイズ患者救済などに精力的に力を注ぎ、新しい恋にもめぐり逢っていた。
しかし、1997年8月31日、悲劇は訪れた。
ダイアナ元妃を乗せた車は、パリの街中をパパラッチとのカーチェイスの末激突。
世界中から愛されたダイアナ元妃は突然、帰らぬ人となった。
世界が悲嘆に暮れる中、沈黙を守り続ける英王室。
しきたりでいえば、民間人である元妃に、王室ができることはなかった。
しかし、世間の反発は、想像を絶する形で表出する。王室は窮地に追い込まれた。
戸惑い、思い悩む女王に、就任したばかりのトニー・ブレア首相が手をさしのべる―


見事、としかいいようがない傑作だ。
ことしここまで観た中で、ナンバー1、といっていいだろう。
ダイアナ元妃に対する複雑な感情を差し引いても、
その死に際して、感情に流されない、感情を表に出さない対応を選んだ女王。
それは王室のしきたりでもあり、1000年守り続けた権威ゆえだった。
だが、時代は変化した。
ダイアナ元妃の人気は、ヒステリックなまでの王室バッシングにつながった―
予想外の国民の反応に戸惑い、悩む女王。
信じてきたものを否定され、揺らぐ一方、
頑なさに女王としてのあるべき姿を追い求める。
事件が過ぎ去っても「あの週のことを理解できません」と話す姿は、とても感慨深い。


一方で、この映画を飾るもう一人の〝スター〟は、TVドラマ「THE DEAL」に続き、
トニー・ブレアを演じたマイケル・シーン「ブラッド・ダイヤモンド」「アンダーワールド」)である。
18年ぶりの労働党政権として、革新派の旗手でもあるブレアは、
ダイアナ元妃の死に際して〝People's Princess〟との言葉を贈り、圧倒的な支持を受ける。
それは航海に乗り出したばかりの自らの政権の人気取りでもあったはずだ。
しかし、頑なな姿勢を貫く女王との接触の中で、ブレアはいつしか、その姿勢に感銘を受ける。
50年もの間、神と民衆にその身を捧げてきた女性の苦悩にシンクロしていく。
そこには、まるで一風変わった母と息子のような、ある種不思議な関係が築かれていく。
女王に「転落は思いがけず訪れるのです」と言われてしまったり、
アドバイスを申し出て「僭越ですよ」とたしなめるシーンなどは、粋で洒落ててグッときてしまう。


そんなふたりを取り巻く人々も興味深い。
中でも、女王の夫でもあるエディンバラ公フィリップ殿下の尊大さと、
反王室派として、反感を剥き出しにするジュリー・ブレアの傲岸さが印象的だ。
フィリップを演じたジェームズ・クロムウェルは、「ベイブ」「L.A.コンフィデンシャル」のあの人。
母の死にショックを受けているウィリアムとヘンリーを鹿撃ちで慰めようとする感覚のズレや、
民衆の行動をひたすら「理解できん!」と切り捨てるだけの頑固さは、
伝統にあぐらをかき、硬直した王室を象徴しているようでもある。
一方で謁見に際しても礼節を欠く態度で臨むブレア夫人は、
伝統的な価値観を隅に追いやり、ヒステリックで過剰な反応を見せる民衆の典型だ。
意見の違いはあっても、相手の立場を尊重できないその姿は、あまりにも不遜で矮小に見える。


内幕、という言葉ではあまりに下賤なのだが、王室の〝リアルな〟姿も面白い。
周囲の詳細な取材から、正確な事実を探り出した上で、
それをもとにあくまでフィクションとして描き出したものではあるのだが、
〝キャベツちゃん〟と呼ばれる女王だとか、女王とコーギーとのお散歩場面は、
微笑ましさとともに、女王の人間らしさが伝わってくる。
そして、思い悩む女王が川辺で鹿に出会い、思わず涙するシーン。
フリアーズによれば、長い角を持つ鹿は、
そのまま長い歴史を生き抜いてきた、英国王室のメタファーでもあるそうだが、
こうしたさまざまなシーンが、格式張った王室描写とは一線を画す味わいをもたらす。


そして作品には、ダイアナ元妃の死という問題を扱っているのに、ある種の滑稽さが漂う。
英国俳優たちの格調高い演技と、その絶妙の風刺、そしてストーリーのダイナミズム。
こうした映画も受け入れる、かの国の国民的素養も含め、ひたすら感心させられる。
そして、ダイアナ妃、とはいったい何だったのか、という本質論も含め、
いろいろと考えさせ、感動させてくれる、圧倒的な傑作なのである。
小規模公開の作品ではあるが、ロングラン上映され、
多くの人に観て欲しい、と切に願いながら、劇場を後にするのだった。