敷島シネポップで「オール・ザ・キングス・メン」

mike-cat2007-04-09



〝善は、悪からも生まれる。〟
ロバート・ペン・ウォーレンのピューリッツァー賞受賞作、
すべて王の臣」を原作とした、
ロバート・ロッセン監督が1949年に製作、
作品賞を含むオスカー3部門に輝いた同名作品をリメイク。
「シンドラーのリスト」でアカデミー脚色賞を手にした、
スティーヴン・ザイリアンが監督・脚本を手がけ、
主演に「ミスティック・リバー」のオスカー俳優、ショーン・ペンと、
ジュード・ロウ「ホリデイ」「リプリー」)、
ほかにもケイト・ウィンスレットアンソニー・ホプキンス
ジェームズ・ガンドルフィーニマーク・ラファロといった豪華キャストを取りそろえた。


タイトルの〝all the king's men〟は「覆水盆に返らず」と同義の、
マザーグースの童謡、ハンプティ・ダンプティの一節をもじったものだという。
〝キング・フィッシュ〟の異名を取り、
時の大統領フランクリン・ルーズベルトに恐れられた実在の政治家、ヒューイ・P・ロングをモデルに、
大義のために立ち上がりながら、いつしか大義を見失った政治家と、
その追随者たる元新聞記者の、〝取り返しがつかない〟足跡をたどる悲劇のドラマだ。


1949年、ルイジアナ州のとある田舎町。
小学校建設にまつわる汚職を告発し、ひとり戦った出納官、ウィリー・スターク。
ある事件をきっかけに、注目を集めたウィリーは一躍、州知事選に駆り出される。
地元紙の記者ジャック・バーデンはそんなウィリーに肩入れし、記者の職も投げ出す。
富裕層を攻撃する過激な演説で、貧困層への福祉政策を打ち出し、
民衆の圧倒的支持を得たウィリーは、まさかの当選を果たすことになった。
しかし、理想に燃えていたウィリーはいつしか、手段を選ばない男に成り下がっていく。
そんなウィリーに引きずられるように、ジャックも自分の目的を見失っていくのだった―


かつて理想に燃えていた男が、次第に政治の汚濁に呑み込まれていく。
「善は、悪からも生まれる」。公開コピーにも使われた、ウィリーの言葉だ。
ひとつの現実ではあるが、そう開き直ってしまったら、善悪の判断は曖昧になる。
汚濁にまみれた政界で、何かをなし遂げるのには、確かにきれい事だけではすまない。
だが、大義のためには手段を選ばなくなったとき、もう後戻りはできなくなる。
この映画の描く、政治的な矛盾は、どの世の中においても不変のものだ。
ポピュリズム衆愚政治、なんてものにも微妙な皮肉を投げかけているようにも見える。


ただ、この政治ドラマとしてのウィリーの物語は、さほど盛り上がらない。
立身出世から転落までの起承転結、でいえば、
念願の州知事として、理想を追う部分に当たる〝承〟がやや短く、
腐敗へと身を投じる〝転〟への移行がやや早い印象が強い。
そのためか、どこかウィリーという人物にあまり感情移入できないし、
さほどその強烈な個性というものに、ドラマが引っ張られていかないのだ。


ショーン・ペンの演技にはもちろん問題はない。
エグさすら感じられる存在感あふれる演技で、
カリスマ性あふれるウィリー・スタークを、情感たっぷりに演じ上げている。
むしろ問題は、そのペンですらカバーしきれない、脚本の甘さだろう。
物語を転がす上での、一番の駆動力たるウィリーのエピソードの弱さに、この映画の弱点はある。


しかし、その一方で、ジュード・ロウ演じるジャックの物語はなかなか味わい深い。
基本的に映画の視点自体がジャックのものでもあるからか、
ウィリーに惹かれる、動機の説明の物足りなさにはやや問題を残しつつも、
このジャックのドラマには、すんなりとはいっていくことができる。
貴族階級としての育ちと、アクの強いウィリーへの憧憬、
ウィリーにシンクロするように、みずからの生きる道を見失っていくあたりは見どころ十分。
ケイト・ウィンスレット演じるアンとの切ないロマンスの残骸には、一種異様な哀しさすら覚える。
こちらのドラマを主、として考えるなら、このドラマ、なかなか悪くないはずだ。


「戦場のピアニスト」「Ray/レイ」などを手がけた撮影監督、
パヴェル・エデルマンが映し出す、ルイジアナの光と影も非常に印象的だ。
マッカーシズムによる赤狩りの嵐が吹き荒れる直前の、アメリカを、時に美しく、時に荒々しく描き出す。
ウィリー・スタークがなし遂げた、ひとつのアメリカン・ドリーム。
その光と影が、そのまま映像にも現れているような印象すら覚える。


ロッセン版を観ていない以上、あくまでも想像にすぎないが、
総合的な評価としては、おそらく、オリジナルには遠く及ばない作品ではあるだろう。
これだけのキャストを集めても、傑作という言葉を使うのは、かなり難しい。
とはいえ、そんな中にも観るものを惹きつける部分は、決して少なくないはずだ。
観終わった後の、虚しい余韻も含め、味のある作品には仕上がっている。
微妙な部分も確かに多いのではあるが、
少なくとも、駄作と切り捨てるには、あまりに惜しい1本ではないか、と思うのだった。