TOHOシネマズ六本木ヒルズで「007 カジノ・ロワイヤル」

mike-cat2006-12-08



〝最初の任務は、自分の愛を殺すこと。〟
イアン・フレミングのよる原作シリーズの第1作、
007/カジノ・ロワイヤル (創元推理文庫)」を〝いわゆる007〟としては初の映画化。
ちなみに同名パロディ映画「カジノ・ロワイヤル」と、
原作は一緒だが、ピーターセラーズ主演のあちらとは、
ごくごく基本の設定ぐらいしか一致しない。
今回描かれるのは、〝00(ダブルオー)〟要員として、
いわゆる〝殺しのライセンス〟を手にしたばかりのボンドの姿。
よって〝ジェームズ・ボンドが007になるまでの物語〟というわけだ。


興行的には過去4作品で大成功をおさめたピアース・ブロスナンに代わって、
ミュンヘン」「トゥームレイダー」の金髪碧眼俳優、
ダニエル・クレイグが若き時代のボンドを演じる。
個人的には見た目がロシア人という気がしてならないため、
MI6というより、むしろKGBみたいな印象も強いのだが、
それをいいだしたら、ピアース・ブロスナンだって、いわば結婚詐欺師のような男。
ともすれば、その余裕の表情が安っぽさにも映ったブロスナンと比べ、
クレイグは生身のアクションの迫力がスクリーンから伝わってくる、という感じ。
あのままブロスナンで続けていけば、シリーズの先細りも免れなかったはずで、
ストーリー同様、現実回帰、原点回帰という狙いから考えると、まさしく適役。
この点、ロジャー・ムーアからティモシー・ダルトンへの交代ともダブるかも。


肉体的にはマッチョ過ぎず、微妙な脂の乗り具合。
顔を傷だらけにしてみたり、
時には泥臭いアクションもこなすあたりが、リアルでもある。
ボンドガールに代わって水着姿を披露したりして、時代の変化も感じさせてくれる。
金髪碧眼、というのも、ショーン・コネリー以来の歴代ボンドで初。
前述のロシア人っぽさも、そこからくるのだが、見ているうちにそれも慣れてくる。


成長物語という側面も強いため、ボンドの変化も強いコントラストで描かれる。
序盤のボンドは正直、熱くて、粗くて、甘くて、野暮ったい。
車だって、スタイリッシュなボンドカーじゃなく、フォードのレンタカー。
その一方で、女性の好みは「人妻。面倒がないから」ときっぱり言い放つ。
ほかの人間的との関わりを意識的に避けるような、硬さも目立つのだ。
だが、経験を積む中で、ボンドは激情を内面へ閉じ込めることを学ぶ。
粗さや甘さは影を潜め、冷静さと視野の広さが前面に押し出され、
もちろん、服装や身のこなしは、どんどんと洗練されていく。
一方で、人を愛することに素直になり、その人間味は増していく、という二重構造。
ダニエル・クレイグの演技力もさることながら、
単なるアクションに終わらせない脚色、そして演出の巧さが光る作品だ。


その脚色は 「007/ダイ・アナザー・デイ」「プランケット&マクレーン」の、
ニール・パーヴィスロバート・ウェイドのコンビに、
ミリオンダラー・ベイビー」「クラッシュ」のポール・ハギスが名を連ねる。
監督は「ゴールデンアイ」以来4作ぶりにメガホンを握るマーティン・キャンベル
冒頭の工事現場から、マイアミの空港、そして陽光まぶしいヴェニスと、
きっちりとアクションの見せ場も抑える一方で、
カジノのポーカーでの心理戦でも緊迫感あふれるシーンを作り出す。
ちなみにポーカーは〝テキサス・ホールデム〟というプロレス技みたいな種目だ。
観ているだけで目が眩むような場面や、
ほんのわずかな動きを際立たせる撮影も好感大で、作品の質感に大きく貢献している。


悪役は〝血の涙〟を流す、テロ組織の財務担当ル・シッフルだ。
演じるのは「しあわせな孤独」のデンマーク人俳優マッツ・ミケルソン
さすが演技派というところか、神経質そうな表情がいい塩梅の嫌悪感を抱かせる。
悪役といえば世界征服、の冷戦時代も含め、
007シリーズの悪役としては少々小ぶりな印象も否めないが、
それが時代というものなのだろう。
しかし、シリーズの原点、という意味で考えれば、それもかえって好都合。
最初から巨悪をバンバン倒してしまっては、今後が困るというものだ。


ボンド・ガールを演じたエヴァ・グリーンも抜群にいい。
ベルトルッチの「ドリーマーズ」で、
「ニューヨーク・ヘラルド・トリビュ〜ン♪」と、やっていた、あのフランス人女優。
クソ生意気そうな表情と、繊細さがくるくると入れ替わる様は見事のひとことだ。
いわゆるボンド・ガールの定番でもあるお色気シーンは控えめだが、
立っているだけでいやらしい(失礼)、独特の色気で観客を魅了する。


ジュディ・デンチ(「恋におちたシェイクスピア」)が演じるMももちろん登場する。
何と、Mのプライベートも大公開! のサービスまで…(見たいかどうか、は別だが)
ちなみにジョン・クリーズが演じるQや、マネーペニーの登場は〝温存〟のようだ。
シリーズの原点を強調し、また今後のお楽しみということだろう。


脇の甘そうなCIAエージェント、フェリックス・レイターを演じるのは、
シリアナ」「ブロークン・フラワーズ」の注目株、ジェフリー・ライト
ドクター・ノオ」「ゴールドフィンガー」などでも登場したこのキャラクターは、
消されたライセンス」では新妻を殺され、ダルトン演じるボンドが、
Mの指令を無視して、個人的復讐に走った、といういわくつきの人物だが、
ライトの出しゃばりすぎない、しかし存在感あふれる演技で強い印象を残す。


全般的には、期待以上の面白さだった、といっていいだろう。
ショーン・コネリー/ボンドの作品をのぞけば、
ティモシー・ダルトン主演の第15作、
リビング・デイライツ」にも匹敵する傑作だと思う。
まずまず面白くても、少し経ったら中身は全然覚えていない
(あくまで個人的に、だが)、ブロスナン/ボンドの作品と比べると、
ボンド映画の本質的な魅力により忠実に見える。
さすがマンネリを打破してきた長寿シリーズ、
やることが憎いな、とあらためて感心してしまったのだった。