新宿武蔵野館で「イカとクジラ」

mike-cat2006-12-05



〝全米が笑って泣いた!
 映画&文学&ロックと“不完全家族”に愛を込めて〟
ウェス・アンダーソン×ウディ・アレンと絶賛された、
アカデミー脚本賞ノミネート作品が、ついに日本公開。


まるで居酒屋の刺し盛りのようなタイトルは、
NYの自然史博物館に展示されている巨大ジオラマ
〝対決するダイオウイカマッコウクジラ〟に由来する。
そう、かつて図鑑などで見た記憶のある、アレである。


舞台は1986年のブルックリン。
バーナードとジョーン、ともに作家のバークマン夫妻と、
16歳のウォルト、12歳のフランクの兄弟、しめて4人の家族。
かつて名声を博したバーナードは、すっかり落ち目、
対照的にジョーンは、いまや新進気鋭の作家として脚光を浴びつつある。
ある日、気難しく尊大な父と、開けっ広げで浮気っぽい母は離婚を決意。
共同監護という、複雑な家庭環境に置かれた兄弟は、
両親から受けるストレスで、次々と問題行動への走っていく−


まあ、事実関係を見ていけば、ともかく暗い話である。
身勝手な両親に振り回され、気持ちのバランスを崩していく兄弟。
問題行動に走っても、ろくに顧みられることもない。
それどことか、自分たちの問題だけでいっぱいいっぱいの両親は、
傷口に塩を擦りつけるように、ますます無神経な行動を繰り返すばかりだ。


ジェフ・ダニエルズ演じる父のイヤなやつっぷりは、序盤から際立っている。
あくまで尊大に世の中を斬り捨てる割に、
やっていることはどうみても小人物という、あまりにせこいギャップ。
かつての栄光に取りすがり、誰でも彼でも「バカ」だ「俗物」だとこき下ろす。
一見フェアでまともに見える母親も、実はなかなかのくせ者だ。
離婚の直接の原因は、浮気の虫を抑えられない、母の奔放な性格。
悩みを抱える息子に、みずからのセックスライフまでオープンに話しまくる。


そんな両親に強力に感化された息子たちも、何とも困った少年に育つ。
兄のウォルトが父そっくりに振る舞うプチ〝イヤなヤツ〟。
読んでもいないカフカフィッツジェラルドディケンズを、
「あれはあの作家としては2級作品」などと言い放つ俗物ぶりが恥ずかしい。
弟のフランクは感受性豊かだけど、母同様どこかズレている。
まあ、この年齢で、これだけ過酷な状況に追い込まれたら、
仕方ないのだが、その問題行動もなかなかヘビーな方向に向かってしまう。


こんなどうにもならない家族を描いた作品であれば、
当然シリアスなドラマに、というところだが、そこがこの作品のミソである。
「ライフ・アクアティック」でアンダーソンと共同脚本を手がけたバームバックは、
この深刻な状況を、どこか滑稽な上質の悲喜劇に仕立て上げている。
(ちなみにバーブバックは、ジェニファー・ジェイソン・リーの夫でもある)
ペーソスといったらいいのだろうか、洒落にならない状況であっても、
なぜかくすりとやってしまいたくなる、乾いた〝哀しおかしい〟ドラマなのだ。


ポール・オースター脚本の傑作「スモーク」と同じ、
ブルックリンのパーク・スロープを舞台とした光景も、独特の味わいを醸し出す。
少し粗めのざらついた映像に映し出される家族のドラマは、
誰もが何かしら体験したことがあるような、リアルな感情を呼び起こす。
映画のラストでウォルトが、子供の頃の思い出の風景でもある、
自然史博物館の「イカとクジラ」と向き合うとき、
観る者もかつての自分を重ね合わせ、人生の不条理に対峙する瞬間を思う。
そして、郷愁にも似た感動が、胸にわき上がってくるのだ。


ジェフ・ダニエルズローラ・リニーはもちろん、
ケビン・クラインフィービー・ケイツの息子、
というフランク役のオーウェン・クラインや
ウォルト役のジェシー・アイゼンバーグ(「ヴィレッジ」)、
アンナ・パキン(「ピアノ・レッスン」「X−メン」)、
ウィリアム・ボールドウィン(「バックドラフト」)といった面々も、
味のある演技で、深みのあるドラマを見事に織りなす。
〝全米が笑って泣いた〟
なるほど納得、評判通りの傑作映画に、自分も笑って泣いたのだった。