シネリーブル梅田で「ゆれる」

mike-cat2006-07-23



蛇イチゴ」の西川美和最新作。
家族の崩壊劇を乾いた笑いで綴った前作に続き、
描くのは、ひとりの女、そして殺人事件をめぐる兄弟の愛憎劇。
奔放な弟・猛(たける)には「メゾン・ド・ヒミコ」のオダギリジョー
ライフカードのCMの方がある意味印象的だが…)
その弟に嫉妬の炎を燃やす、冴えない兄には、
カンヌ映画祭グランプリ「鬼が来た!」の香川照之
ほかにも伊武雅刀蟹江敬三ら実力派キャストを揃えた。


母の葬式のため、故郷に戻った写真家の猛は、
家業のガソリンスタンドを継いだ兄、稔としばらくぶりに顔を合わせる。
実直で不器用な兄と、自由奔放な弟のぎこちない再会。
そして、稔のスタンドには、かつて猛と関係のあった智恵子の姿。
智恵子に想いをよせる稔は、猛と智恵子を誘い、
幼い頃何度となく訪れた、渓谷へのドライブへ繰り出す。
そして、事件は不安定に揺れるつり橋の上で起こる。
智恵子の転落死。
殺人事件の被告として法廷に立った稔は、無罪を訴えるのだが−


前作に続き、西川美和が自らの夢をもとに脚本化した物語は、
観るものだけでなく、登場人物すらも欺き、果てしなく流転していく。
因習にとらわれ、身動きのできない兄、
その兄をあざ笑うかのように、自由奔放にすべてを手にする弟。
悲劇の萌芽は、たったひとつ残された兄の希望を、
弟がいとも簡単に握りつぶしたとき、壮大な悪夢へと変わっていく。


しかし、ドラマはシリアス一辺倒では進んで行くわけでない。
不思議なペーソスと乾いたユーモアを重ね合わせながら、
果たして、稔が「突き落としたのか」「いないのか」の真相に迫っていく。
蛇イチゴ」でも見せた、絶妙な音楽使いが、
そのサスペンスとドラマを、テンポよく盛り上げていく。


ただ、サスペンス、ミステリ的な視点で追求してしていくと、
少々反則気味の感はある。
明解なビジュアルで、2種類の〝真相〟を示してしまうのだ。
これははまずいのではないか。
感情の揺れがもたらす、記憶の捏造、
みたいな部分は理解はできなくもないが、ビジュアルで示すのはまずい。
〝真相〟のビジュアルはどちらか片方が原則のはず。
むしろ、この真相部分はあえて十分な説明はせず、
観るものに委ねてしまう方が、そのものはよかったと思う。


このミステリ的な反則によって、
もっと本来的なテーマである兄弟のドラマの印象も薄れてしまう。
せっかく微妙な含みを持たし、
幅広い可能性を持たせたたラストはいいのに、その魅力も半減する気がする。
まあ、あくまでも好みの問題ではあると思うのだが…


しかし、そんな小さな瑕疵をはね返すくらい、俳優陣はいい。
劇場は、オダギリジョー鑑賞に来ている客であふれているのに、
映画は決して美青年鑑賞映画だけでは終わっていない。
オダギリジョーは、さほど演技の幅が広いとも思わないし、
うまい俳優であるとは決して思わないが、この映画の猛役はいい。
まあ、オダギリジョーに合わせて脚本もいじっているだろうから、
当然といえば当然なのだが、
このエゴイストで小ずるい美青年を憎らしいくらい絶妙に演じきっている。


オダギリジョーと何もかも対照的な香川照之の熱演も光る。
因習にとらわれ、抜け出せない優柔不断さ。
真面目で実直な振る舞いが、かえって内に隠した欲望をあらわにする。
嫉妬の炎を燃やしつつも、どうにも縛りから抜け出せない男が、
ある一線を越えたときのその怒りの振幅、
どこまでも堕ちていくの時の、呆けたような表情、
そして、最後に見せる赦しの微笑み…
ただたださすが、と唸らせられてしまうのである。


智恵子役の真木よう子もいい。
セリフはやや棒読みだが、〝踏みにじられそうな女〟を見事に体現している。
あか抜けないが、どこかそそる女。しかし、この女には縛られたくない。
傷つけてはいけないものにも見えるが、何ともいえない、場末感も漂うのだ。


ただ、このキャストの扱いについては、
物語を観る限り〝殺されてもかまわない〟存在のようにも見えてしまう。
あくまでドラマとわかっていても、
このぞんざいな扱いには微妙な違和感も残るのだ。


それと気になったのは検事役の木村祐一
この人は、ちょっとやり過ぎ感が強い。
いうなれば、こんな検察官おるかい、みたいなところだろうか。
この人が出てくると、その時だけ、スクリーンがブラウン管に感じられる。
あくまでコントの域を出ない演技のおかげで、
法廷シーンは、映画の中で明らかに浮き上がって見えてしまうのだ。


とまあ、つらつらと書いていくと、そこそこ不満も出てきはするのだが、
あくまでそれは、映画そのもののクオリティの高さと比べての話。
西川美和が、今後も注目し続けるべき監督であることを、
強く感じさせるぐらいのグッとくる作品だったことは間違いない。
オダギリジョー目当てでの鑑賞も悪くないが、
オダギリジョーに興味のない人にも是非お勧めしたい。
いくつかの点さえ目をつぶれば、存分にその世界を楽しめること、請け合いだ。