梅田OS劇場で「インサイド・マン」

mike-cat2006-06-12



〝A SPIKE LEE JOINT〟の最新作。
とはいっても、あくまで娯楽作品のクライム・サスペンス。
「ドウ・ザ・ライト・シング」「マルコムX」などの社会派作品と、
一線を画した「25時」同様、作家性より職人性で勝負の作品だ。
ただ、かつてのような迸るような情熱こそ、控えめだが、
その演出の切れ味はむしろ凄みを増した印象を覚える。


マンハッタンの信託銀行で、人質を取って籠城した銀行強盗。
頭脳明晰な犯人の前に、事件解決の手だてが見出せない交渉担当刑事フレイジャー
だが、完璧な犯罪、と思われたこの事件には、とんだ〝裏〟が隠されていた−。


裏が隠された、とは書いてみたものの、実はこのサスペンス、ひねりはさほどない。
このテのクライム・サスペンスではお楽しみの、
どんでん返しに次ぐどんでん返しを期待していると、かなりの肩透かしをくらう。
観る者のミスリードを誘うような場面、セリフ、画面は数々あるのだが、
そこらへんは逆に〝何もないのに、あるように見せかける〟ミスリードになっている。


フレイジャー刑事をめぐる汚職疑惑や、銀行に隠された秘密は、
中盤までで包み隠さずそのカラクリが説明されてしまうし、
時々挿入される、事件後の尋問シーンが、
強盗犯のトリックそのものすら、半ば匂わせているような作りなので、
このテの映画を見慣れたクチには、すべて手の内が曝された状態となる。


ここで終わってしまえば、出来の悪いサスペンス、
ということになるのだが、そこはスパイク・リーの人の悪さ。
NYらしい人間模様と、強盗との虚々実々の駆け引きをうまく絡み合わせ、
見事なジャンルミックスともいえる、独特の味わいを醸し出す映画に仕上げている。
アルバニアアルメニアシーク教徒とアラブ人に絡んだ、人種の坩堝の描写は、
さすがスパイク・リー、と唸るしかないし、
細かいネタもふんだんに仕込んだ、スナップショットのようなNYの風景に至っては、
その見事な挿入ぶりに、NYそのものがスクリーン上に甦るほどの鮮烈さを覚える。
インド歌謡〝チャイア・チャイア〟を始めとする音楽も面白い。
これがなぜかNYらしさを、強烈に醸し出しているのだ。


ドラマの中心となる、デンゼル・ワシントン演じるフレイジャー刑事も、深いキャラクターだ。
恋人からは結婚をせがまれ、職場では不正疑惑で糾弾を受ける。
正義と野望、実直さと鷹揚さがないまぜになった、複雑な人物を、
デンゼル・ワシントンが貫録たっぷりに演じ上げていく。
その一方で、犯人役のクライヴ・オーウェン(「シン・シティ」「クローサー」)の、
視線だけで魅せる演技も、たまらないほどの危険な魅力にあふれている。
さらにジョディ・フォスターの〝マグニフィセント・カント〟ぶりも、ドラマに不可欠なスパイスだし、
フレイジャーと組むミッチェル刑事役、
キウェテル・イジョフォー(「堕天使のパスポート」)もまた興味深い人物になっている。


正直、そこまで期待していなかったのだが、思わぬ収穫、という感じの佳作。
輝くような魅力にあふれた映画ではないけれど、
じわじわと味が染み出してくるような、複雑な味わいに満ちた作品だと思う。
犯罪同様、見た目だけではわからない何かが、そこにはあるのだ。