シネマート心斎橋で「ナイロビの蜂」

mike-cat2006-05-17



〝きっかけは妻の死。たどり着いたのは、妻の愛〟
シティ・オブ・ゴッド」のフェルナンド・メイレレスが描く、
夫婦の愛をめぐる、サスペンスフルな傑作ロマンス−。
アカデミー賞では、レイチェル・ワイズ助演女優賞に加え、
脚色、作曲、編集の3部門でノミネートを受けた。
待ちに待った、ことしの個人的〝本命作〟のひとつだ。


もちろん、観終わってもその想いは変わらない。
間違いなく、ことしのベスト映画のひとつといっていい。
宝石を散りばめたようなシーンの連続に、
序盤からもう涙腺はもう緩みっぱなし、
深い感動と哀しみに打たれ、映画が終わっても、しばらくシビれたままだった。


ブラジル、リオ・デ・ジャネイロの貧民街を舞台に、壮絶な暴力と貧困の中、
したたかに生きる少年たちを描いた「シティ・オブ・ゴッド」の衝撃はいまも忘れられない。

シティ・オブ・ゴッド【廉価版2500円】 [DVD]

シティ・オブ・ゴッド【廉価版2500円】 [DVD]

スラムの圧倒的な現実に呑み込まれながらも、
そのパワフルなドラマから目を離せない、とんでもない大傑作だった。
その監督、メイレレスが再びメガホンを握ったのがこの作品だ。
原作は、スパイ小説の大家、ジョン・ル・カレの同名小説。
壮大なるアフリカの大地、ケニア・ナイロビを舞台に、
陰謀に巻き込まれた妻の死を追う、ある外交官の〝こころの旅〟が描かれる。


ナイロビに赴任中の外交官、クエイル=レイフ・ファインズに、
ある日に届けられた、妻テッサ=レイチェル・ワイズの死の報せ。
活動家として、現地で医療活動などに従事していたテッサは、
北部、スーダン国境を臨むトゥルカナ湖の湖畔で、惨殺された。
行動をともにしていた現地の医師との不倫の噂、そして疑惑の行動…
二重三重の悲しみに苦しむクエイルは、
これまでの自分をかなぐり捨て、死に物狂いでテッサの死の真相を追い求める。
妻の死に隠された陰謀、そして謎の圧力−。
ようやく〝秘密〟にたどり着いた時、クエイルのこころを満たすものは−。


筋としては、基本的にはサスペンスの体裁を取っている。
謎の死にまつわる陰謀、圧力に屈しない信念、そしてその真相の先にあるもの−。
だが、その物語を貫くのは哀しく、切なく、そして美しい愛だ。


原題の〝The Constant Gardener〟が示す通り、
庭いじりが趣味のクエイルは「忠実な園芸家」であり、ナイーヴな夢想家の外交官だ。
国を信じ、忠実に外交官としての職務に励む。こころ優しい紳士でもある。
だが、あくまで善意の人であっても、その善意はどこかのどかで、貴族的。
いたずらに理想を盲信し、目の前の現実からは時に目をそらすこともある。
一方の、テッサには奔放なイメージがつきまとう。
理想家肌で、行動派。情熱的で、時に激情家。
時に手段を選ばない激しさで、目の前の現実に立ち向かっていく。


ふたりの違いがもっともはっきり現れるのが、序盤でのシーンだ。
40キロの道のりを歩き、姉の出産、そして死を見とった少年が帰路に着く。
同じ病院で、死産に見舞われたテッサと、クエイルが、車でそこに通りかかる。
「車を止めて」というテッサに、クエイルはこう正論をぶつ。
「助けを求めている人はたくさんいる。どこかの機関が助けるはずだ」
しかし、テッサはこう反論する。「いま、目の前の人を助けられるのよ。なぜためらうの?」


そんな二人は、愛し合いつつも、どこかすれ違う。
情熱的に活動を続けるテッサをよそに、せっせと園芸に励むクエイル。
将来的な大きな理想を信じつつも、クエイルの目には、いま直面している危機が見えない。
テッサが非業の死をとげた後、その真相を追い求める中で、クエイルは少しずつ変わっていく。
テッサが追っていた陰謀や、秘密に近づいていく中で、
いままで見えていなかった失われた妻の本当の姿が、クエイルの目にも見えてくる。
そして、クエイルは再びこの「目の前の人を救えるか?」の命題に直面する。
その時、かつての〝紳士〟がためらわず取った行動が、ふたりの垣根を取り払う。


だが、その真実の愛に出逢うきっかけは、妻の死なのだ。
これほど皮肉なことがあるだろうか。
「忠実な園芸家」から、行動する人間に生まれ変わり、本当の妻を理解した時、その妻はいない。
「あなたといると安心する」と、話していたテッサ。
世間知らずのクエイルにある種の安心感を覚え、
守ろうとしたその思いやりが、かえってクエイルを傷つけもする。
「僕には帰る家がない。テッサが家だった」。こう訴えるクエイル。
なぜ、早く気付かなかったのか。その後悔が、滑稽なまでに哀しい。
なき妻の面影に話しかけるクエイルの姿は、あまりに切ない。
フラミンゴが舞うトゥルカナ湖を始めとする、美しく雄大なアフリカの風景と相まって、
クエイルとテッサの愛が迎えた、その最期は、決して忘れられない、深い余韻を残す。


メイレレスはこの映画を撮るに当たって、こう考えたという。
「この作品を監督したいと思った理由のひとつは、
 これが非常に独創的な愛の物語であるということ。
 ふたつ目はケニアで撮影するチャンス。
 そして3つ目は製薬会社の陰謀について描きたかったからだ」(パンフレットより)
前述した愛の描写、そして「シティ・オブ・ゴッド」と同じく、
セザール・シャローンを撮影監督に起用し、全編あますことなく散りばめられたアフリカの光景、
そして(ネタバレになるが)アフリカの人々の命を金儲けに利用する製薬会社への糾弾。
この3つの要素が複雑に絡み合い、物語は唯一無二の深みを醸し出す。


イングリッシュ・ペイシェント」を思い起こさせる、レイフ・ファインズの演技も見事だ。
ストレンジ・デイズ」でも見せた、失われた愛に想いを馳せる演技をさせたら、
この人の右に出るものはそうはいないはずだ。
お人好しな紳士だった時の呑気な目と、虚無感と使命感が入り交じる〝その後〟の目。
憂いをたたえた碧い瞳が、アフリカの大地を映す時こそ、名優ファインズの真骨頂だ。


そしてもちろん、初のオスカーに輝いたレイチェル・ワイズの演技。
リヴ・タイラージェレミー・アイアンズと共演した「魅せられて」、
キアヌ・リーヴス主演の「チェーン・リアクション」の頃から気になる女優
(とても率直にいうと、ストライクど真ん中の好み)だったが、
30代半ばを迎え、ますますその魅力に深みが増してきている。
奔放で情熱的なテッサは、まさにはまり役、といっていいだろう。
ピート・ポスルスウェイト(「ブラス!」「ユージュアル・サスペクツ」)や、
ビル・ナイ(「ラブ・アクチュアリー」)といったベテラン勢も脇を固め、
〝見せたがり〟ではない名優たちにしか醸し出せない、独特の質感を生み出している。


製薬会社がらみの問題に関しては、あえて書かなかったが、
この部分への追及も十分すぎるほどの手応えにあふれている。
社会的な視点、と書くとちょっといやらしいが、
訴えようとするメッセージも、しっかりとこころの奥までグイグイと突き刺さってくる。
最初にも書いたが、間違いなくことしのベスト候補だ。
少なくとも「イングリッシュ・ペイシェント」に涙した人なら、間違いなく必見だし、
シティ・オブ・ゴッド」に衝撃を受けた人なら、見逃したら絶対に後悔するだろう。
そのぐらい、間違いのない傑作、力をこめて、そう言い切りたいと思う。