シネリーブル梅田で「ブロークン・フラワーズ」

mike-cat2006-05-07



ジム・ジャームッシュ、あまり縁のない監督だ。
10ミニッツ・オールダー」の一編は観たけど、
長編だと、実は「ストレンジャー・ザン・パラダイス」以来。
ちょっと興味のあった「コーヒー&シガレッツ」も見逃した。
今回もビル・マーレイ主演じゃなかったら、パスしていたかも…


というわけで、お目当てはビル・マーレイ、だったりする。
パラダイス・アーミー」「ゴーストバスターズ」の頃から考えると、
ずいぶん歳を取ったものだが、近年やたら絶好調、なんである。
ライフ・アクアティック」を始めとする、一連のウェス・アンダーソン作品に、
ソフィア・コッポラの「ロスト・イン・トランスレーション」、
そしてこのジム・ジャームッシュ最新作と、スタイリッシュな映画作家に引っ張りだこだ。
神経質そうで、どこかトボけた味わい深い表情だけで、
そのシーンを印象的に創り上げてしまう演技をみれば、その理由も明快なのだけど。


かつてのドン・ファン(女たらし)、ドン・ジョンストン=マーレイは、
恋人のシェリー=ジュリー・デルピーに去られ、虚しい気分を味わっていた。
そんなドンのもとに、発送先不明、匿名の一通の手紙が届いた。
ピンクの封筒、ピンクの便箋に、赤い文字でタイプされたその手紙には、
あなたと別れて20年、実はあなたが知らない息子が19歳になりました、とあった。
隣に住むミステリーマニアの友人ウィンストン=ジェフリー・ライトはこの手紙に興味津々。
どこか乗り気でないドンを尻目に、20年前のガールフレンドをめぐるツアーを企画する。
ピンクの花束を手に、手紙の主を探す旅に出たドンだったが−。


ザ・グリーンホーンズの「There is an end」に乗せ、始まる物語は、
ドンの恋人シェリーが去り際に放つ、辛辣なセリフで幕を開ける。
「老いたドン・ファンとは暮らせない−」
その時、TVで観ていた映画が「ドン・ファン」だったという冒頭から、
シャロン・ストーンジェシカ・ラングティルダ・スウィントンら〝昔の恋人〟をめぐる旅、
そして旅の末にドンがたどり着く、ラストに至るまで、映画はつねに哀愁の中の滑稽さを醸し出す。


手紙の主に興味なさげなそぶりを見せつつ、
ウィンストンに言われるがままかつての恋人をリストにするドン。
旅に出るのを渋りつつも、しっかり旅の準備をしてしまうドン。
そんなドンが、マーヴィン・ゲイの「I want you」を聴いて、侘びしそうな表情を浮かべる。
何とも言えないペーソスに、思わず笑いを誘われつつも、切なさを覚える瞬間だ。


そして何より、女たちをめぐる旅がまたいい。
ナボコフの〝あの小説のあの少女〟みたいなのが登場したり、
あの「マイアミ・バイス」のドン・ジョンソンと間違われた?り、
不思議なアニマルセラピーが展開されたり、見るからに粗暴な男に諭されてみたり…
歓迎する相手もいれば、戸惑う相手、あからさまに迷惑そうにする相手…
かつての関係は説明されないけど、かつてのドン・ファンぶりがうかがえる。
その途中に出会う女たちにも、ちらちらと物欲しげな視線を送るドンの姿も、
懲りない、無反省な〝老いたドン・ファン〟のもの悲しさと滑稽さを表している。


そのドンを演じるビル・マーレイの演技は、最初に書いた通り、見事のひとことだ。
ほんの間ひとつ、表情ひとつ、視線ひとつで、ドンの揺れる感情を表現する。
神経質そうな表情と、ダルそうな素振り。寡黙な男のペーソスが、たまらない。
シリアナ」で野心溢れる弁護士を演じたジェフリー・ライトも最高だ。
世話焼きでミステリー好きなエチオピア系の隣人、ウィンストンは、
ピンクの手紙を「人生における啓示だ!」と説き、ドンに行動をうながす。
ドンとは対照的な人生を送るウィンストンの姿が、またドンを落ち込ませる。


どう生きてくればよかったのか、これからどうすべきなのか−。
口ではそう言いながらも、迷い、戸惑い、混乱するドンの姿が、ラストで描かれる。
笑っていいのか、切なく感じていいのか、微妙な余韻を残し、画面はフェイドアウトする。
エンドクレジットとともに再びかかる、ザ・グリーンホーンズの「There is an end」。
その時、ドン同様の戸惑いや哀しさとともに、また違った感慨が、胸をよぎるのだ。


傑作、という言葉を使うのは微妙に難しい。
そこが狙いとわかっていても、痛すぎてちょっと笑うには忍びないコメディ、という気もする。
ビル・マーレイの絶妙な演技が、その微妙さを独特の味わいに昇華してはいるが、
後味は正直、そんなにいいものではない。むしろ、悪いといってもいいだろう。
ドン・ファンとしての生き様を、ジャームッシュがどう評価したいのか、見えてこないのもその一因だ。
いや、もしかしたらそのまんま映画の通りなのかも知れないが、それではあまりにも救いがない。
まあ、そういう微妙さも含め、この作品の味わいなのかも知れないが…