E.アニー・プルー「ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))」

mike-cat2006-02-23



近日公開!「ブロークバック・マウンテン」原作だ。
アカデミー賞では作品賞、監督賞(アン・リー)に
主演男優賞(ヒース・レジャー)、
助演男優賞ジェイク・ギレンホール)、
助演女優賞ミシェル・ウィリアムズ)など、
今回最多の8部門のノミネートを受けた話題作。
ゲイのカウボーイたちの恋物語、という設定も、
とってもアカデミー賞好みで、主要部門独占も、との呼び声が高い。
ヴェネツィアでも金獅子賞に輝いたほか、
ゴールデングローブ、NY、LAの批評家協会賞でも、賞レースを独走中だ。


しかし、実は知らなかったのだ。
何って、原作がアニー・プルーだったこと、だ。
ケヴィン・スペイシー主演で映画化された「シッピング・ニュース (集英社文庫)」や、
オールド・エース」など、僕の大好きな作品を書いた、その人だ。
新聞広告で「集英社文庫の新刊」を見て驚き、買いに走った、というわけだ。


1963年ワイオミング州ブロークバック・マウンテン
羊の移動放牧の仕事で出会ったイニスとジャックは、
ある日ふとしたきっかけから、関係を持つことになる。
保守的な土壌で、世間から隠れながら1年に1度の逢瀬を続ける二人。
大自然の中に身を委ね、禁忌の愛を謳歌するする二人だったが−。


アメリカという国は、
サンフランシスコのようにゲイ・コミュニティが確立されたエリアもある一方で、
性同一障害の女性が殺された映画「ボーイズ・ドント・クライ」でもわかるように、
中西部や西部などを中心とした、いわゆる田舎はとても保守的な土地である。
むしろ、その田舎こそが、アメリカの本質といってもいい気がする。
時は60、70年代。キリスト教保守派がやたらと幅を利かす世の中において、
二人の恋はタブーそのもの。白い目で見られるだけではすまされないのである。


映画ではヒース・レジャーが演じるイニスは、
少年時代の経験から、そのタブーへの恐怖感を捨てきれない男。
一方、ジェイク・ギレンホールが演じるジャックは、
これまた少年時代にある事件を経験するが、奔放そのものの男だ。
二人の恋は大自然に抱かれ、美しくきらめく一方で、切なく、そして哀しい。
必然ともいえる結末と、それを受け容れざるを得ない弱さ。
アニー・プルーの筆致は、優しく、そして時に残酷に、それらを描写していく。


やたらと大きな字が、やたらと読みにくくて困るのだが、
短編1本を文庫本にまとめようと思うと、こうなってしまうのか…
それでも100ページ足らずの、本当に短い短編なのである。
しかし、プルーの過去の作品同様、アメリカ文化に根づいた細かい描写を、
訳者の米塚真治氏は、正確に、そしてわかりやすく、
必要に応じて注釈もつけて、美しい翻訳小説に仕上げてくれている。
小説のリズムを壊さないために、あえてそのままにしてある、
アメリカ英語に相当詳しくないと、ちょっと意味不明の文脈も、
訳者あとがきでわかりやすく解説してくれるので、これまたうれしい限り。
長編とはまたひと味違う、プルー作品の楽しさを体験できる。


ただ、こうして読んでみて、映画に向けての不安も浮上する。
もし字幕が戸田奈津子だったら、間違いなくムチャクチャになるはず。
意訳のつもりの誤訳がどれだけ飛び出すか、わかったものではない。
まるで字幕を見ないで、全部わかるほどの語学力もないのだが、
聴いていれば、字幕が明らかに違う(というか逆のことを書いていたり…)
なんて事態は、あのオバはんがからむと、日常茶飯事なのである。
せっかくの期待の映画が、またこれで汚されたら、なんて思うと、不安は募る。
何とぞ、ほかの翻訳家が手がけてもらえるよう、祈るばかりである。

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