千日前・敷島シネポップで「オリバー・ツイスト」

mike-cat2006-02-07



戦場のピアニスト」で復活したロマン・ポランスキーが、
チャールズ・ディケンズの名作を完全映像化! というやつ。
そのディケンズの原作は読んでいないけど(古い翻訳ものは苦手で…)、
予告を観る限り、文芸ものとしても、なかなか魅力のある素材っぽい。
テレビのCMスポットで流れていた、
「おすぎです! 61年(だったと思うが)生きてきて本当によかった!!」
に不安を感じつつ、いざ、スクリーンに臨む。


舞台は19世紀のイギリス。
天涯孤独のみなしご、オリバー・ツイストは、救貧院育ちの9歳。
売り飛ばされた先の里親の非道な扱いから逃れるべく、家出し、ロンドンへ向かう。
空腹と衰弱で倒れ込むオリバーを救ったのは、フェイギン率いる少年スリ団。
リーダーのドジャーとともに、初の〝仕事〟に取り掛かったオリバーだったが…


面白い分類には入るんだと思う。
運命の波に揺られるオリバーの姿にはハラハラさせられるし、
繰り広げられる数々のドラマは、観るもののこころを惹きつける。
上にこびへつらい、下に威張り散らす当時の官憲の姿や、
弱者切り捨てがはびこる社会への風刺という意味も理解できる。
プラハに作られた、という19世紀ロンドンのセットも、
アカデミー賞の勢いに乗ったポランスキーが、やりたい放題をやった結果か、
とてもいい感じの雰囲気が出ているような気がする。
実際の19世紀のロンドンのと様子はもちろん知らないのだが…


そしてこの映画の何よりの収穫は、オリバーを演じたバーニー・クラークだろう。
うまい、という言葉はあまりふさわしくない気がする。
魅力は何といっても、彼自身の持つ雰囲気だ。
特に、かすかな憂いを含んだ潤んだ目は、演技のうまいヘタを凌駕する。
子役独特のこまっしゃくれ感はない分、役への溶け込みも抜群だ。
ほかの作品でここまで輝くかは未知数だが、
この孤児オリバーを演じさせたら、このバーニー君の右に出る子役、そうはいないはずだ。


ただ、それだけでは映画は傑作たり得ない。
この素材で満足してしまったのだろうか、この映画には、それ以上がない。
というか、映画全体を見渡すと、どうにも詰めの甘さや欠点も目立ってくる。
まずは、脚本というか、全体の話の流れだ。
オリバーの運命も、風刺もいいのだが、そこからもう一歩踏み込んだ〝何か〟がない。
9歳、10歳の少年にとっては、生き延びるだけでも大変なのはわかるのだが、
オリバーのしていることを、冷静に振り返ると、
その類い希な笑顔で、大人をたらし込んでいるだけに過ぎないのだ。
運命に流されているにしては、都合よく話がまとまりすぎだし、
富裕階級に自分だけうまく取り入ったオリバーの姿は、
作品に盛り込まれた風刺と、どこか矛盾しているような気がしてならない。


結局、正直者のオリバーが金持ちに気に入られる経緯を描いただけ、という感じだ。
そんな、非常に特異な例を取り上げるだけで、
〝正直〟という美徳は必ず報われる、
みたいなメッセージを匂わされてしまうと、思わず鼻白むしかない。
正直であること=美徳、であることは間違いない。
じゃあ、オリバーは美徳を貫くために、どこまで追い込まれたのか。
最初の家出はともかく、その後は状況に流されている感は否めない。
泥棒の片棒を担いでみたり、自分だけちゃっかり金持ちに取り入ってみたり…
正直そうな顔をして、意外にしたたかに生きているのだが、
周囲はその瞳に騙され、オリバーの味方となっていく。
したたかならしたたかでそういうドラマも面白いのだが、
正直者、という看板を掲げてこれをやられたら、文句のひとつもいいたくなる。


もしかすると、かなりのボリュームがある原作を、
ずいぶん刈り込んだ作品であることも影響しているのだろう。
だから、メッセージに説得力が感じられないだけかもしれない。
だからといって、観終わった後の「で、結局何なの」感の正当な理由になるわけでもない。
何となくメッセージが伝わってくるように感じるのは、
バーニー・クラークの〝子犬の目〟に騙されているだけなのだ。


フェイギンを演じるベン・キングズレーはちょっとオーバーアクトが目立つ。
役柄そのものの書き込みも、どこか中途半端に感じるので、
どうにもラストの感動シーンも、感情移入できないのだ。
だから、オリバーの行動にも、どこか偽善を感じる。
「僕って、人の弱さを赦してしまう、優しさを持っているんだ。見て!!」
みたいな、アピールにしか見えてこない。
それもフェイギンのキャラクターに、魅力が感じられないからだと思う。


そんなわけで観終わってどうにも消化不良なこの作品。
何でいま、これをわざわざ映画化するのかも、いまいち真意がつかめない。
これを観て「61年生きてきて本当によかった」と叫ぶ映画評論家の人生って、いったい何?
いつもいつも好みだけで映画を語り、
客観的な視点も専門家としての基準もまったくないアホとは思っていたが…
そんなどうでもいいことばかり、頭をよぎってしまうのだった。