古川日出男「二〇〇二年のスロウ・ボート (文春文庫 (ふ25-1))」

mike-cat2006-01-13



メディアファクトリー刊の「中国行きのスロウ・ボートRMX (ダ・ヴィンチ・ブックス)」改題。
巻末に添えられた古川日出男自身による解題によると、
村上春樹中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)」のリミックス版、ということらしい。
オリジナル版を読んでいないのが悔やまれる。
書いておいてくれればいいのに、と思ったら、
扉を開いてすぐにちゃんと「中国行きのスロウ・ボート RMX」とあった。
サラ金じゃないが、〝ちゃんと読みましょう〟ということだ。


それはともかく、古川日出男だ。
傑作「ベルカ、吠えないのか?」にしびれつつも、
続く「LOVE」「ロックンロール七部作」と、
独特の文体への〝畏れ〟とも思える感情で、何となく読みそびれていた。
比較的本も薄めだし、本格的に古川日出男の世界に踏む込みには、
いいリハビリになるんじゃないか、ということで、さっそく手に取ってみる。


これまで3度にわたって、痛恨の失恋を体験し、
それがいずれも東京からの脱出、という形につながった〝俺〟のクロニクルだ。
舞台は2002年の冬の東京。
クリスマス・イブの午前中に、浜離宮で拳を握り締める〝俺〟。
「出トウキョウ記」そして、その失敗の記録は、
1985年、1994年、2000年の3度の失恋の記録でもある。
文字通り、身を焦がすような恋とその果てが、グイグイと心の中に食い込んでくる。


果たせなかった恋の相手である、3人の女性が興味深い。
1分間に60もの話題を繰り出す、「饒舌病」の少女。
左胸の乳暈が北海道、右の乳暈が…と同じ形の同級生。
巧みな包丁さばきを見せる女子高生シェフ。
それぞれの悲恋が、〝俺〟の熱い鼓動とともに語られる。
そして、無限に広がっていくような、パワフルな物語は、
「第八艘 そして誇りを持ちなさい」
そしてエピローグ「中国行きのスロウ・ボート」で一気に収束する。


すべてをきちんと系統立てて考えれば、どこか破綻も感じられるのだが、
最後に〝スロウ・ボート〟に乗り込む〝俺〟の姿には、思わずグッと胸が詰まる。
「何で?」と訊かれると、うまく説明できない。
第八艘で用いられるエピソードは、悪くいえば〝よくある〟展開でもあるし、
最後の最後も、定番のオチといえばそこまでだが、
何だかこころに強く印象づけられるラストであったりする。


ここ20年ばかりの、東京のリアルな情景描写もあるし、
僕にとってはとても馴染みのある地名もちらほら出てくる。
そんな意味でも、とても印象深い作品だ。
こうなると、気になってくるのはオリジナル版の存在だ。
何となくきっかけがないまま、村上春樹〝処女〟(童貞か?)を貫いている僕だが、
「中国行きのスロウボート」で、ついに村上春樹デビュー(!)を飾ってみようかな、
などと唐突に思ってみるのだった。