梅田OS劇場C・A・Pで「ふたりの5つの分かれ路」

mike-cat2005-09-27



フランソワ・オゾンのサイトではえらく前から紹介されてた作品。
原題は「5×2」。邦題、なかなかいい訳かも知れない。
楽しみにしていたことも忘れるくらい経って、ようやくの日本公開だ。
シャーロット・ランプリングが出演で話題を呼んだ、
まぼろし」「スイミング・プール」に続く、
エマニュエル・ベルンエイムとの共同脚本と聞けば、何となく映画のトーンは想像がつく。
焼け石に水」「8人の女たち」などで見られた、確信犯的で露悪趣味的なコミカルではなく、
一見平凡に見えて、実は完全に計画されたカット割だとか、
静かな雰囲気の中にひたひたと迸る微妙な悪意だとか、
そうした、ごく感覚的な部分に特徴のある作品、というのが期待できるわけだ。
まあ、僕的には「焼け石〜」系も好きだし、「まぼろし」系もたまらないわけだから、
どちらでもいい、といってしまえば元も子もないんだけど。


マリオンとジルが出逢い、結婚し、出産し、難しい局面を迎え、別れる。
その5つの場面、5つの分かれ路を、時系列を逆転させ、丹念に描いていく。
時系列の逆転といえば、近年ではギャスパー・ノエの「アレックス」、
そしてクリストファー・ノーランの「メメント」が強烈な印象を残している2作品だ。
だが「アレックス」は、乗り物酔いのような感覚をカメラワークとともに、
残虐なレイプと、その復讐という衝撃的な題材を扱った作品だったし、
メメント」に至っては、時間軸の逆転だけにとどまらず、
前向性健忘(5分しか記憶が保たない)という設定を加えるという絶妙の仕立てだった。
ともに大傑作ではあったのだが、ある意味特異な状況を描いた作品には間違いない。


一方、「ふたりの〜」が描くのは、ある意味、ごく普通の〝出逢いと別れ〟。
信じられないような事件も起こらないし、信じられないような展開もない。
時間軸を元に戻してしまえば、誰の身にも起こりうる〝平凡な話〟ともいえる。
しかし、オゾンがそれをやると、やはり何かが違うのである。
場面の切り取り方、そして描写、それぞれが計算し尽くされ、
一見普通の〝出逢いと別れ〟のさまざまな分岐点が、より印象的に供されるのだ。
そして、時間軸を逆に戻すことで、
何気ないシーンが、よりくっきりとふたりの感情を描き出していく。
もちろん、後付け的な理解でもあるのだけれど、それはそれでまた味わい深いのだ。


たとえば、冒頭の別れの場面。
離婚の協議書にサインを終えたふたりは、その足で場末のホテルに向かい、肌を合わせる。
かつての愛の余韻、という言葉ではとても片付けられない、激しい愛憎。
そして、ジルがマリオンに投げかける言葉の数々、マリオンの困惑…
ふたりが、どんな愛の経過をたどってきたのか、何がふたりをこうさせたのか。
観る者は、さまざまな謎や疑問とともに、作品世界に引きずり込まれていくのだ。


その〝謎と疑問〟は、時系列が遡るに連れて、
明らかになる部分もあるし、むしろ謎が、疑問が深まる部分もある。
マリオンの出産に奇妙な怯えを見せるジルであったり(ある意味理解はできるが…)、
結婚式のパーティー後、マリオンが見せる複雑な心理であったり。
明快な答えを提示せず、観る者に自由に解釈させるオゾンらしい演出も相まって、
ますます作品世界は、複雑な味わいを醸し出していく。
BGMとして流れる、イタリアン・ポップも、
ミスマッチと絶妙さが混じり合う不思議な雰囲気を作り出し、
ますますもって、複雑な彩りがほどこされていくのだ。


そして、ラスト。惹かれ合うふたりの、輝くような出逢いは、
切なく哀しく、そしてハッピーな色合いに彩られている。
そして「まぼろし」でも見られた、静謐な海の描写が、映画の最後を飾る。
この瞬間、映画は静かな、静かなクライマックスを迎える。
あくまで玉虫色ではあるのだが、忘れられないラスト。
まさにオゾン映画の楽しみが凝縮された瞬間となるのだ。
パンフレットなどを読むと、ここらあたりはまさしくヌーベルバーグからの引用でもあり、
その継承者たるオゾンの面目躍如らしいが、
そういった歴史を知らなくても、この映画を味わうのには、何の障害もない。


観終わった後の感慨は、
まぼろし」に近い、と書くとあまりにも観たまんま過ぎるのだが、
それは別にラストの描写が同じだから、というだけが理由ではない。
共通するのは「まぼろし」でも描かれたような、
複雑に絡み合ったさまざま感情が喚起される、という部分でもある。
大傑作か、といわれれば、微妙に評価しづらい面もある。
最初にも書いた通り、ふたりのたどった経過は、凡庸に過ぎないのも確かなのだ。
それをあえてよしとするか、どうかは、個人の好みにもよる部分が大きいと思う。
作品として出来そのものは文句なしでも、
物語そのものについては観る人の価値観によっても、ずいぶん変わってくるはずだ。
よって、結論はあまりに凡庸だが「お好きなヒトにはたまらない作品」。
僕の理解度の低さにも起因するのかも知れないが、そうとしか言いようがないのだった。