道頓堀は松竹角座で「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」

mike-cat2005-05-18



ひとくくりにすれば、いま流行りのファンタジー童話。
ハリー・ポッター」シリーズのおかげで、書店の翻訳書スペースが、
ファンタジー・コーナーに浸食されているのを苦々しく思っている身としては、
むしろ〝敵性映画〟のカテゴリーに入るはずの作品だろう。
だが、この童話、どうも一筋縄ではいかない、微妙なシニカルさが漂う。
だいたい原題が〝Lemony Snicket's A Series of Unfortunate Events〟。
不運にも突然両親を失った孤児たちに、たてつづけに起こる不幸だ。
そんなことしていいの? とこっちが訊きたくなる。


原因不明の突然の火事で両親を失った、
ボードレールの三姉弟妹が預けられたのは三文役者のオラフ伯爵の家。
ボードレール家の遺産をつけ狙う伯爵は、さっそく姉弟妹の抹殺に乗り出す。
天才発明家のヴァイオレット、
膨大な知識を備えた読書家のクラウス、
〝噛む〟天才の幼児サニーの三人は、オラフ伯爵の魔手を逃れることができるか…


とまあ、童話としては、まことに奇妙な話である。
意地悪な継母とかは、シンデレラとかでもおなじみだが、
遺産をつけ狙う保護者ってのは、かなり露骨な設定だ。
おまけに周囲のおとなはアホばっかりで、伯爵の策略に気づかない、とくる。
単純に考えたら、こどもにこんなシニカルな話を…、となるところだ。
だが、自分がこどもの頃を思い出してみると、どうだろう。
そういえば、こういう奇妙な話って、とっても好きだった気がする。
勧善懲悪、努力は必ず身を結ぶ…
そういった言葉が、実際に機能していた時代ならともかく、
いまの時代、そんなことを純粋に信じて生きていけば、必ず痛い目に遭う。
(もちろん、その精神は尊ぶべきだが、現実との折り合いはつけないと…)
世の中は、決して善意だけでは動いていない。
それを覆い隠そうとしてきた、偽善の時代は終わった。
だからこそ、こうしたシニカルな物語が受け容れられるのだろう、と思う。


そんな、いまのこどもの喜ぶ童話だからといって、
オトナの鑑賞には耐えないか、というとこれまた大違いだ。
自信を持って言うが、耐えうる、どころか十分に楽しめる上質の映画だ。
ジム・キャリーをはじめ、メリル・ストリープ
ティモシー・スポール(「ラッキー・ブレイク」)、ルイス・ガスマン(「ブギーナイツ」)、
セドリック・ジ・エンターテイナー(「デイボース・ショー」)らくせ者俳優をそろえ、
レモニー・スニケットのナレーションにはジュード・ロウを配する豪華布陣。
映像にも一切手抜きはなく、
こどもが好きそうな奇妙な屋敷だの、ヘビ屋敷だの、人食いヒルだの…
文字通り最新のエフェクトで、スクリーン上に展開させる。
エンドクレジットの切り絵風アニメーションだけでも、
観る価値あり、と言いたいぐらい、凝りに凝って作った映画だ。
そう、まさしく〝本気の本気で〟作った童話なのだ。


エターナル・サンシャイン」では抑えめの演技で成功したジム・キャリーも、
こうした映画では、そのオーバーアクトぶりが存分に生きる。
シリアス映画も悪くないが、「エース・ベンチュラ」をこよなく愛する僕としては、
ジム・キャリーがアホ全開の役を喜々として演じているのは嬉しい限りだ。
変装の間抜けぶり(でも、オトナは気づかないんだ、これが…)も含め、
こどもじゃなくても、大笑いできる。少なくとも僕は笑った。それもかなり…
メリル・ストリープも喜々としてアホなおばはんを演じていて、これまた楽しい。
思えばこの人も、演じすぎの感が強い人だから、
最近こういうマンガチックな役柄もちょくちょくやってみるのは、正解かもしれない。
ほかのキャストも、喜々として頼りにならないアホなオトナぶりを発揮。
「ああ、まったくもう…」という観客のため息が聞こえてきそうな、
物語世界をものの見事に、しかし出しゃばることなく創り上げている。


そしてこの映画を成功たらしめた、最大の要素は(最初に書けよ、という感じだが)、
ボードレール姉弟妹のキャスティングにある、と思う。
みんな、微妙に哀しみをたたえた目をしている、気持ち暗めの印象の3人。
しかし、ヘンな役者くささがまったくない。
いい意味で素人感を醸し出しながら、
それでいて達観と諦観と、それでも希望を捨てないという、微妙な感情を演じきる。


誰よりも輝きを放っているのは、クラウス役のリアム・エイケン
サム・メンデスの「ロード・トゥ・パーディション」で、トム・ハンクスの息子を演じた15歳だ。
美男子過ぎず、かわい過ぎずのバランスは説妙。
大人の視線にこびるような部分もない。
たぶん、こどもの目から見ても、感情移入しやすい、とても味のある俳優だ。
ヴァイオレット役のエミリー・ブラウニングもとてもいい。
ガブリエル・バーン主演のホラー「ゴーストシップ」では少女の幽霊役。
こちらも決して美人ではないのだが、
この年代独特の微妙な色気(僕はロリコンじゃないけど…)が漂う。
このふたり、ダメな大人たちに囲まれた時の〝困った顔〟がとてもうまい。
これだけで、もうなんか演技賞あげたくなること、請け合いなのだ。
そうそう、サニーちゃんももちろんかわいい。
こちらは言うことなし。ただただ、めでるように眺めるがよし。


そんなこんなで、とても好感の持てるこの映画、
監督は、「ムーンライト・マイル」のブラッド・シルバーリング。
こう書くと、あのジェイク・ギレンホールを使ったいい感じの映画を撮った監督だが、
ニコラス・ケイジメグ・ライアンの「シティ・オブ・エンジェル」では大外しをかましたこともある。
「キャスパー」では、
クリスティーナ・リッチの少女時代最後を、とてもかわいらしく撮った監督でもあり、
ここまで、僕的にはとても評価に困る存在だった。
だが、この映画でだいぶ評価が定まった感はある。
ぜひ、この映画の続編を作ってもらいたいし、この監督に続編でも演出をして欲しい。
そのくらい、とても〝不幸せな物語〟を存分に楽しめた。
これで、2日連続のジャックポッド♪ 
いい映画を観ると、道頓堀の景色まで違って見える、というのはウソだけどね。