中島たい子「漢方小説」。

すばる文学賞受賞作! とかなってるので、
書店の店頭で何となく気にはなってたが、
これまた何となく、手に取りそびれてた。
しかし、本の雑誌で紹介されてたフレーズが気になり、読んでみる。


まずちょっと説明すると、主人公は
ストレスからくる胃けいれんの発作を治療すべく、
病院を転々とする31歳のみのり。売れない脚本家だ。
ちなみに発作では〝セルフ・ロデオマシーン〟になるらしい。すごい。
しかし、西洋医学の限界?か、ストレス以外の明確な病因は発見されない。
そして、5軒目(数え方はこれでよかったっけ?)の漢方医で、こう言われる。
〝あなたの病気は「色々なところが弱い」というあなただけの病気です〟
虚弱体質と違うんかい? と思わせるが、
陰陽五行だとか、いろいろ出てきて、それなりに納得させられる。
さすが、中国4000年の歴史…
嘘くさくっても、何となく頑とは否定できない。
おう、面白そうだ。と興味がわいたので、買いに行きましたよ。
高知は帯屋町に。


小説は、そんなみのりの治癒の過程を縦軸に、
ほんわりふんわりした周囲の人々との交流を描く。
で、たまに漢方のウンチク。
ここらへんはまゆつば、というか、難しいんで、流し読みしちった。ごめんね。
話自体はまあ、けっこうありがちな話だし、
漢方の話は、前述の通り、やや難解。
でも、そこかしこに出てくる、くすぐる表現に、この小説は味がある。
いくつか、取り上げてみる。


まずはストレスの原因となった、昔のオトコの結婚話。
そんなん、もう別れてるんだから、関係ないじゃん、と思うのが、
オトコのあさはかさなのかな… 女性の皆さん、どうなの?
ええっと、話を戻して、
その結婚話を居酒屋で聞いて、ショックを受けるシーン。
〝ロデオマシーン化〟後の救急車で、
救急隊員に説明しようとしているんだが
〝このような時に「おめでとう」と言える人はまだ余裕がある方で、
 私の場合、彼の後ろに張ってある「初鰹のカルパッチョ風 七百五十円」
 のお品書きを見つめ、店を出るまでに三百万回くらいそれを読みました〟
これはえらく笑えるんだけど、何となくわかるような…
ショック受けると、人間、注意の方向が何かヘンな方向に向くのかも。


診療所に通ううちに、次第に回復してくる過程は、
市販のビスケットを例に挙げ、描かれる。こんな感じ。
〝マリービスケットを紅茶にひたして食べていたのが、
 固いままでも食べられるようになって、
 それでももの足りなくなってムーンライトを買ってくるようになり、
 ついにはチョイスまでいけるようになってきた
 (順にバター度が上がる)。
 この分なら、ミスターイトウのバターサブレが食べれる日も近い。〟
ら抜き言葉は気にしないように。
というか、森永製菓の回し者か、と思わせてのミスターイトウ。
ここ15年くらい食べた記憶がないが、
独特のリアリズムが感じられて、笑えるし、伝わってくる。
スティーヴン・キングみたいですな。江國香織もそうだったかな。
具体的な商品名で、独特のリアリズムを醸し出す。
まあ、伝わらない人には決して伝わらないんだが。


こういう感じのがまあ、めじろ押しなんだが、あと一箇所。
みのりの呑み仲間の女性(ラブ欠乏症、らしい)が、
好みじゃないタイプのおっさんとつきあい始めた。
会うと、必ず体調を崩すくらい、好みと違う相手だ。
何で、と問われるとこう答える。
「私マンション買おうと思ってるのね」
「それが?」
「買っちゃうともう結婚しないと思うから、最後にもう一度、
 男の人とつきあってみようかなと思って」
すごい論理だ。で、何で好みじゃないオトコとかというと、
「すごく苦手な人こそ、 逆転して好きになる可能性が
 あるんじゃないかと思って、やってみてるんだけど」
ムチャクチャだ。笑えるけどね。
こういう突拍子もない人たちのエピソードが、
いちいち、こころの琴線にふわふわと触れてくるのだ。


最初の方にも書いたが、話自体はほわわんとしたまま、幕を閉じる。
ま、どうってことない。劇的でもなんでもないし。
そう、このストーリーがこういう感動を呼ぶのだ、みたいな、
西洋医学的な、ビシッとくるところはまったくない。
読み心地ふわふわ、じんわりと効いてくる、
まさに東洋医学のような、内から染み出てくる味わいだ。
なるほど、〝漢方小説〟とはよくいったもの。
ひたすら納得、ひたすら感心の一冊だった。